時の止まった世界で君は

幡也side

「ん…………」

放射線治療が終わり、ベッドで眠りにつくなつの傍でしばらく過ごしていると、小さな声が聞こえた。

見ると、なつは薄らと目を開け、眠たげに眼をこすっている。

「おはよう」

そう声をかけると、なつはまだ覚めきっていない視線の中で俺を見つける。

「…………はーくん」

「うん、おはよう、なつ。もうお部屋戻ってきたよ」

その言葉に、なつは少し目を見開くと、辺りをキョロキョロと見渡してから、再び俺を見つめた。

「……どうした?」

俺から目を離さないなつの顔は、みるみるうちに泣きそうなものへと変わっていく。

唇を噛み締め、眉を寄せる表情に俺は全く心当たりがなく、驚いていると、今にも消え入りそうな声で言葉が聞こえた

「だっこ」

「え?……あ、ああ、抱っこね。いいよ、おいで」

平静を装いつつ、そう声をかければなつは体を起こし座っている俺の膝の上に乗り、ギュッと首の後ろへと腕を回した。

肩口に埋められた顔の辺りに湿り気を感じる。

泣いているのか。

事情は詳しくわからない。もしかしたら、怖い夢でも見たのかもしれない。

けれど、今それを聞くのは、どうにも気が引けた。

そっと、なつの背中に手を添える。

そのまま、ゆっくりと上下に動かしていれば、なつはグリグリと肩に埋めた顔を擦り付けた。

鼻をすする音は聞こえないから、そこまで沢山泣いている訳では無いようだけど、この様子は、寂しいのかな。

背中に回された手は、俺の白衣を強く握って離さない。

まるで、どこにも行かないで欲しい、って言ってるみたいだ。



「大丈夫だよ。そばに居るよ」

その言葉に、白衣を掴む手の力が少しだけ緩められたのを感じた。
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