桜ふたたび 前編

4、Don't cheat on me

澪はすっかり困惑していた。

ジェイは背中を向けたまま、ホテルの部屋へ戻っても、口を開かない。
何が彼を怒らせたのか、さっぱりわからない。

バーで飲み始めたときは上機嫌だった。
アレクに話しかけられて、そのあたりから急に不機嫌になった。

彼の友人に嫌われないように、彼に恥をかかせないようにと、精一杯愛想をしたつもりだった。
あのとき英語が聞き取れず、曖昧に笑って誤魔化してしまったのがいけなかったのか。
ヘラヘラ笑って済まそうとするのは、日本人の悪癖だ。

「あの、すみませんでした」

おずおずと顔色をうかがう視線を遮って、上着が乱暴にソファへ払い投げられた。

「ジェイ?」

首元を緩めながら振り返った顔に、澪は竦み上がった。
まるで飢えた獣のような目。

いきなり腕を掴まれ、驚いて逃れようとしたことが、ますます彼を刺激してしまったのか。
ジェイは無言で彼女をソファに突き倒すと、背中をバウンドさせる体に、すかさずのし掛かってきた。

「待って!」

制止を無視して、ジェイは澪の両手を片手で拘束し、荒々しく唇を重ねる。
強引に下着を剥ぎ取ろうとする手に、澪は身を捩って足掻いた。けれど男の力に敵うはずがない。

「お願い……やめて、ください……」

声は震え、力は足りない。
身を捩っても、男の腕はびくともしない。

熱い滾りが、軋みながら、澪の体を無理やりこじ開けようとする。

「ううッ!」

一瞬、ジェイの動きが、止まった。
アースアイは狂気の朱色を滲ませ、澪を見下ろしている。奥歯をかみしめた唇は憎々しげに歪んでいた。

コン、と乾いた音を立て、ハイヒールが片方、床に落ちた。

次の瞬間、澪は苦悶の呻きをあげた。
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