桜ふたたび 前編
Ⅵ 追憶

1、サンクチュアリ

いつ来るともしれぬ人物のために、贅を尽くして設られた部屋に、ジェイは冷ややかな目をした。

特注の高級インテリア。壁にはモダン派の絵画の数々。陳列されたレリーフやオブジェは、どれも10万ドルは下らないだろう。

大窓の前に、無駄に立派な家具調デスクがあり、エルモ・アルフレックス(エル)が足を高く組みふんぞり返っていた。

縦長で、顎の割れた神経質そうな顔。くすんだ蜂蜜色の髪とハシバミ色の瞳。頑固に結ばれたへの字の口に鷲鼻。
八つ違いの弟と少しも似ていないのは、彼が母親の遺伝子を色濃く継いでいるからだ。

ふたりの間にある応接セットには、三名の重役たちが神妙に座していた。
彼らの前にはパソコンや書類ではなく、マイセンのティーセットが置かれている。

ジェイの登場に、謹んで腰を浮かしかけた彼らを、エルは威圧的なジェスチャーで制した。
ジェイは別段気にするでもなく、壁際のウエイティングソファに腰を下ろした。

人を呼びつけておいて、わざと待たせるのは、常に優位に立とうとする彼の癖だ。幼い頃から特権意識が強く、ナルシシズムの塊のような人間なのだ。

AXは、ニューヨークに本拠を構える〝AXホールディングス〞頂点とする国際的コングロマリット(異業種の統合によって成り立つ企業)だ。
その肥大化した企業群の統治を、〝AXインターナショナル〞が担っている。

要するに、ホールディングスという〈絶対権力〉を盾に、インターナショナルが〈金のなる木〉を監視しているのだ。

その監視役のトップが、プライベート以外で国外へ出るのは、珍しい。
市井の混乱など、裸の王様には興味なかろうと、ジェイは心の中で冷笑した。
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