桜ふたたび 前編

2、恋バナ

月影に、神社の玉垣から覗く鴇色の花叢が映えている。
緩い風が若緑の葉を揺らすと、月明かりが微かに瞬き、蝶のような花びらの上で戯れた。
金木犀の甘い香りに誘われて、どこからか秋虫たちの切なげな恋唄が聞こえてくる。

澪は足を止め、こめかみの汗をハンカチで押さえた。

秋彼岸も過ぎたというのに、京都ではまだまだ寝苦しい夜が続いていた。
澪は暑さには強い。そのかわり寒さにはからきし弱いので、秋が遠いのは大歓迎だけど、今年は度を超えている。

けれど、澪の足を重くさせるのは、気候のせいではなかった。
千世からメールで呼び出され、待ち合わせ場所へと向かっていたのだ。

千世とは、祇園祭の前に会ったきり。不思議とメールもこなかった。
いつかいつかと思いながら、こちらから連絡をする勇気もなく、ここまで来てしまったけれど、審判の日を先延べしても、後ろめたさは募るだけ。時間が経てば経つほど、罪は大きくなる。

──今夜こそ、打ち明けないと……。

澪はもう一度足を止め、丸く大きな月を見上げた。
深く、深く、深呼吸をして、月光のパワーを身の内に取り込む。
そして、月に祈った。

──どうか、千世を傷つけずに、ちゃんと告白できますように。
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