桜ふたたび 前編

3、追憶

「いい風だ」

嵐山。
川縁のベンチで、ジェイは両足を前に伸ばし、後ろ手に体を支え、松の木漏れ日に目を細めている。
彼が屋内でも薄暗さを好むのは、薄い虹彩が光に弱いせいらしい。

奥に連なる山々は、まだ緑が濃い。
力を失った午後の陽射しが川面に穏やかに反射し、水鳥が高い声を上げて羽ばたいた。
ふたりの間を、たおやかな風だけが通り過ぎていく。

「明日、東京へ戻ったら、その足でFrankufurtに発つことになった」

「ドイツ、ですか……」

ニューヨークと聞くより、ずいぶん遠い国に感じる。
地球儀を回せば、日本からの距離はさほど変わらないのに。

今度は、いつ逢えるのだろう──。
澪が飲み込んだ問いに、ジェイは答えた。

「今回は6ヶ月はかかる」

澪は、胸を突かれたようにうなだれた。

半年──。しばらくは日本にいると聞いていたし、千世に打ち明けたことで胸の支えも取れて、ちょっと浮ついていた分、寂しさが何倍にもなって押し寄せてくる。

けれど、「寂しい」と言ったところで状況が変わるものでもないし、言葉にするともっと寂しくなりそうだ。

それに、ジェイは平気なのだ。
こんな残酷なことを、こんな長閑な日に、なんの躊躇いもなく告げられるのだから。

「クリスマスにItaliaへおいで」

食事に誘われた感覚で頷きかけて、澪はあわてて聞き返した。
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