桜ふたたび 前編

4、石蕗

京都では、小春日和の穏やかな日が続いていた。
澄み渡った空気のおかげで、山の輪郭がいつもよりくっきりと見える。
色褪せた緑の中に、黄色、朱色、紅色がまだらに混ざり合い、パレットの上の絵の具のように秋の風景を描いていた。

澪は窓辺に横座り、チケットホルダーを胸に、ぼんやりと薄水色の秋空を眺めていた。

イタリア旅行なんて、薄給のOLには分不相応だ。
年末に長期休暇を取れば、秘密にしたくても詮索されるだろう。
断った方がいい。──けれど、行けば彼に会える。
悩んでいるうちに手続きは進んで、ついに航空券が送られてきてしまった。

チケットに記されたアルファベットを指でなぞっても、まったく実感が湧かない。
でも、これでジェイに逢えると思うと、心が沸き立って、早くも、なにを着ていこうかなどと、夢見心地で考えてしまっている。

そんな日曜の昼下がりは、またもや千世によって壊された。

❀ ❀ ❀

「おじゃましま~す。はい、これ、お土産」

デパ地下の袋を澪に押しつけて、千世は勝手知ったると上がり込む。
さっさと押し入れから座布団を取り出し、「銀ムツの西京焼き」「湯葉巾着」「おにぎり」と、点呼しながらテーブルに並べていく。

「あ〜、しんどかった〜」

お茶の用意に立った澪は、神妙に頭を垂れた。

「ご愁傷様でした」

千世は完全に意味を取り違えて、

「ほんまやで。話には訊いてたけど、それ以上にすっごい田舎。京都から六時間。廻りには山と田んぼしかあらへんの! いまどき携帯の電波が届かへん場所が日本にあるなんて、信じられる?」
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