桜ふたたび 前編

2、雪のシャンゼリゼ

夕暮れから、パリに初雪が降った。

シャンゼリゼ通の街路樹を、仄青いシャンパンの泡のように飾っていた優美なイルミネーションも消灯され、街が白一色に埋もれた頃、タクシーから降り立ったジェイは、カシミアコートの襟を立て、空を見上げて白い息を吐いた。

年明けのクローゼとの買収基本合意に向け、スタッフの士気は高まっている。
それなのに、肝心のジェイが慎重になっていて、チーム内には焦心が積もりはじめていた。

内偵メンバーの報告からも、障害は見つかっていない。
ジェイが何を懸念しているのか、実は本人さえも解せないのだ。

回転ドアを抜け、ジェイは微かに視線を左右した。

パリ市内にもアルフレックス家の別邸はあるが、彼はこのゴールデントライアングルの中心に建つホテルを、定宿にしていた。

──騒がしいな。

ロビーの空気が、いつもと違っている。
華やかなクリスマスディスプレーのせいではない。外界と隔絶された閑雅な空間が、妙に浮き足立って見える。

開いたエレベータの向こうに先客を見て、ジェイは意外な気がした。

この時間、滅多に人と乗り合わせることはないのに、地下の駐車場から上がってきたのか、レスラーのような屈強な男が三名。エレベータには十分な余裕があるにも関わらず、黒い壁のように立ちはだかり、場を譲ろうとしない。

不快ではあるが、強いて乗り込むものでもない。

扉が閉まりかけた、そのとき──奥から女の命令調な声が響いた。
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