桜ふたたび 前編

4、罪と罰

あの日は蒸し暑い夜だった。

マンションのリビングで、ローテーブルを囲み四人の男女が押し黙っていた。

当惑し強張った顔でうなだれ正座する柚木。その顔を、ソファから鬼の形相で睨みつける義妹・香子。隣には、柚木の妻・紗子。

高級ブランドのワンピースを若々しく着こなした紗子は、結婚指輪を誇示するように、ネイルサロンで手入れされた指で頬に落ちた髪を耳にかけ直した。
鼻先がやや上を向いた逆三角形の顔立ちと相まって、その横顔はどこか傲慢で、近寄りがたい。

いったい何が起こっているのか。

さっきまで、澪は夕飯の後片付けをしていたのだ。
そこにチャイムの連打。時を置かずドアを叩かれ、大声で名前を連呼され、たまらず柚木がのぞき穴を覗いたところで、すべては決した。

澪は、お白州に引き立てられた罪人のように、力なく背を丸めていた。

そんなとき人は、どうでもいいことが気になるものなのか。ふと、片付け忘れた夫婦の湯飲みに、澪が手を伸ばしたとき──、

「そんなことはよろし!」

自らの怒声にフラッグが振られたように、香子が口火を切った。

「お義兄さん、どういうつもり⁈ 社員に手ぇ出すやなんて、最低やわ!」

声の大きさに、澪は肩を振るわせ固まってしまった。

「こんな娘みたいなこを囲っていたやなんて、パパが知ったら、ただではすまされへんえ!」

我がことのように憤る香子に、
〈一卵性双生児のように似ていると評判の姉妹だから、感情も共有するのだろうか〉と、澪は思った。

──ならば、このひとも、柚木を愛しているのかもしれない。
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