桜ふたたび 前編

2、ナターレ

長テーブルに等間隔に飾られた柊とバラの装花。

澪は対面のジェイに、弱ったような顔をした。
さっきまであんなに笑顔だったのに、先客の姿を見たとたん、心の温度を下げてしまっている。

ジェイの横には、濃い褐色のミディアムヘアをふんわりと巻いた女性が、距離を置いて座っている。
細い鼻筋、切れ長の目。右目尻にある涙黒子のせいか、どこか寂しげで乾いた雰囲気をまとっている。そのくせ、シルクレースのマキシムワンピースに包まれたボディは、豊潤で艶やかだ。

澪の隣に座るのは、蜂蜜色の天然パーマの少年。
女性と同じ瑠璃色の瞳で、子どもながら品がある顔立ちだけれど、への字に結ばれた口元が、きかん気そうに見える。

ふたりは、澪たちの存在など目に入らぬかのように、静かに食事を続けている。レストランの相席でも、もう少しリアクションがあるだろう。

間が持たず、澪は部屋を見回した。

天然木のクラシカルな壁には、様々な飾り皿が飾られている。
左手にアカンサスの葉・葡萄・ライオンが彫刻された大理石の暖炉。その上に、等身大の肖像画が掛けられていた。

描かれているのは、三つ揃えスーツを着た琥珀色の髪の男性と、白いドレスのブリュネットのご婦人。
どこか昔の雰囲気を漂わせているけれど、男性の方は、驚くほどジェイに似ていた。

ようやく、澪とジェイの前に朝食が運ばれた。
ジェイは澪に視線もくれずに、淡々と言う。

「澪、兄のワイフのエヴァンゲリア──エヴァと、息子のシモーネだ」
《彼女は澪です。しばらく逗留しますから》

澪は首を少し傾け笑顔で、

「ボンジョルノ」

エヴァは空ろな視線を上げ、朝の気疎げなしゃがれ声で《そう？》と言ったきり。

シモーネはというと、澪の顔に元素記号でも見るような小難しい表情を浮かべ、すぐに無愛想に残りのパネットーネを頬張ると、ものも言わずにダイニングを出て行ってしまった。