桜ふたたび 前編
2、カポダンノ
聖なる松明に照らされたオペラハウス風の車寄せに、リムジンが滑り込む。
間髪入れず、燕尾服のドアマンが優雅に車のドアを開けた。
ぎこちなく車から降りてきた女は、目の前に差し出された肘にキョトンとしている。
視線で促され、ようやく意味を悟ったのか、おずおずと男の腕に手を添える。
白のタキシードにブラックパンツを合わせたアレクは、その様子に思わず吹き出した。
──来たか。
緊張で顔を引きつらせた澪は、さっそく深紅の絨毯にハイヒールを引っかけ、足をもつれさせている。
ローマ郊外の高台の森に建つ、シャングリラの如く近代的リゾートホテルの別館。
厳重なセキュリティチェックに、迎賓館なみの最上級スタッフたち。
完全に呑まれている。挙動がおぼつかず、危なっかしくて見ていられない。
《彼女が、ジェイの新しい恋人?》
《ああ》と、生返事をして、アレクはジェイに手を挙げた。
彼は、今にも泣き出しそうなパートナーのことなど気にもとめず、涼しい顔で手を挙げ返してきた。
──澄ました顔しやがって!
だが、澪の「助かった」というような表情を見ると、出かけた怒りも引っ込んでしまう。
こんな瞳を向けられたら、無条件で守ってやりたくなるのが、男の性だ。
アレクは努めて爽やかな笑顔をつくり、そっと澪の頬にキスをひとつ、ふたつ。
《Ciao. きれいだよミオ。ショートカットもよく似合う》
「Ciao. Mi fa piacere rivederti.(またお会いできて嬉しいです)」
いつの間に覚えたのか。まだ自信なさげだが、ちゃんと発音はできている。
ジェイが露骨に渋い顔をしたのは、自分だけのおもちゃを取られたような気分なのだろう。──ざまあみろだ。
《お久しぶりね、ジェイ》
ジェイと頬を寄せ合っているのは、シルビア・ノッテ(シルヴィ)。ミラーノ在住のファッションデザイナー。
ペリドットの瞳、亜麻色のカーリーヘア。細い鼻筋を、そばかすの帯が横切っている。
今夜のイブニングドレスは、大胆なフラワープリント。
ハートカットの胸元から豊満なバストをぎりぎりまで覗かせている。長身で砂時計のようなボディラインは、成熟した色香を漂わせていた。
アレクとは大学時代からの恋人で、互いの家族も公認のカップルだ。
それが、些細な行き違いから(アレクが長い旅に出ている間に)別の男と事実結。男児をもうけたが、結局三年で破局した。
現在、アレクとステディな関係を続けているが、いざ結婚となると、のらりくらりと先延ばししている。
間髪入れず、燕尾服のドアマンが優雅に車のドアを開けた。
ぎこちなく車から降りてきた女は、目の前に差し出された肘にキョトンとしている。
視線で促され、ようやく意味を悟ったのか、おずおずと男の腕に手を添える。
白のタキシードにブラックパンツを合わせたアレクは、その様子に思わず吹き出した。
──来たか。
緊張で顔を引きつらせた澪は、さっそく深紅の絨毯にハイヒールを引っかけ、足をもつれさせている。
ローマ郊外の高台の森に建つ、シャングリラの如く近代的リゾートホテルの別館。
厳重なセキュリティチェックに、迎賓館なみの最上級スタッフたち。
完全に呑まれている。挙動がおぼつかず、危なっかしくて見ていられない。
《彼女が、ジェイの新しい恋人?》
《ああ》と、生返事をして、アレクはジェイに手を挙げた。
彼は、今にも泣き出しそうなパートナーのことなど気にもとめず、涼しい顔で手を挙げ返してきた。
──澄ました顔しやがって!
だが、澪の「助かった」というような表情を見ると、出かけた怒りも引っ込んでしまう。
こんな瞳を向けられたら、無条件で守ってやりたくなるのが、男の性だ。
アレクは努めて爽やかな笑顔をつくり、そっと澪の頬にキスをひとつ、ふたつ。
《Ciao. きれいだよミオ。ショートカットもよく似合う》
「Ciao. Mi fa piacere rivederti.(またお会いできて嬉しいです)」
いつの間に覚えたのか。まだ自信なさげだが、ちゃんと発音はできている。
ジェイが露骨に渋い顔をしたのは、自分だけのおもちゃを取られたような気分なのだろう。──ざまあみろだ。
《お久しぶりね、ジェイ》
ジェイと頬を寄せ合っているのは、シルビア・ノッテ(シルヴィ)。ミラーノ在住のファッションデザイナー。
ペリドットの瞳、亜麻色のカーリーヘア。細い鼻筋を、そばかすの帯が横切っている。
今夜のイブニングドレスは、大胆なフラワープリント。
ハートカットの胸元から豊満なバストをぎりぎりまで覗かせている。長身で砂時計のようなボディラインは、成熟した色香を漂わせていた。
アレクとは大学時代からの恋人で、互いの家族も公認のカップルだ。
それが、些細な行き違いから(アレクが長い旅に出ている間に)別の男と事実結。男児をもうけたが、結局三年で破局した。
現在、アレクとステディな関係を続けているが、いざ結婚となると、のらりくらりと先延ばししている。