桜ふたたび 前編

4、病葉

❀ ❀ ❀

比叡山の山影を、雪女の衣のように霞ませて、寒々とした賀茂川の流れの上にも、水辺の枯草の上にも、対岸の植物園の冬木立にも、粉雪は静かに降り注いで雪化粧を施してゆく。

まるで清閑な水墨画の世界だ。
モノクロの風景に時間は止まっている。
ただ川面に群れなす都鳥たちだけが、騒がしい声を上げていた。

さすがにこの辺りまで来ると、山から吹き下ろす冷たい風のせいか、底冷えがひどい。

ジェイは、病室の窓硝子が曇るほどの溜め息を吐いた。

澪との音信が取れなくなって、柏木を聴聞したとき、奥歯に物が挟まったような報告に、異変を感じてはいた。

しかし、まさかこんな事態になっていたとは……。

マッチ棒のように見るに忍びないほど痩せて、なぜ連絡をしてこなかったのか。
今までにも症状はあったようで、病院へ行こうと勧めると、〈一時間ぐらいしたらいつも治るから〉と、彼女は拒んだ。

枝先を落とし骨だけになった欅の梢に、病葉が一葉揺れている。
雪に打たれて濡れて、今にも落ちそうで落ちない。
まるで、今の澪のようだ。

──メニエール病。

ジェイは、澪の病名が明らかになったことで、ひとまずは安堵していた。
一刻も早くニューヨークへ連れ帰り、最新の治療を受けさせるべく、すでに医師の手配を指示している。

背後で軽い咳音がした。

ジェイはベッドへ歩み寄り、澪の顔を覗き込んだ。
唇は白く乾いたままだが、薬が効いたのか、いくらか血色がよくなった。

澪は薄く目を開けて、ゆっくり瞬きをするように、一度瞼を閉じて、また開いた。
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