桜ふたたび 前編

2、イエスかノーか

京都駅の巨大なコンコースに、澪は硬い面持ちで俯き立っていた。

──やっぱり来るんじゃなかった。

もしも千世の耳に入ってしまったら、確実に友情に罅が入る。
すでに電話番号という秘密を持ったことで罪悪感を感じているのに、彼に会ってしまったら、彼女に合わせる顔がない。

わかっていながら、なぜ来てしまったのか──。

昨夜、何度もスマートフォンを手にした。

電話は大の苦手。相手の様子が見えないから、いま電話をかけても差し支えがないだろうかと二の足を踏んでしまう。そのうえ、声だけでは相手の感情が読み取れず沈黙になってしまうし、切るタイミングもわからない。

そうは言っても、いったんは受けてしまったものを、待ちぼうけを食わせるわけにはいかない。「日本人は信用できない」なんて思われたら、世間さまに申し訳が立たない。

でも、なんと切り出したらいいのだろう。

かんざしは返して欲しい。かと言って、会いに行けば千世に悪い。
グダグダ考え悩んでいるうちに深夜を回ってしまい、悶々と朝を迎えていたのだ。

今からでも遅くない。かんざしは諦めて、「急用ができた」と電話を入れよう。とにかく早くここを離れて……。
そう思っているのに、どうしても足が動かない。

平凡で、波風のない毎日を望んでいる。
だから常に、漣が立ちそうなときには回り道を選んできた。

それなのに──
思いもよらず大きな渦に直面してしまうと、なぜかその中心に視線が引き込まれ、身動きできなくなってしまう。

結局、ギリギリになって我に返って逃げ出すから、まわりを不快にする。

今も岸辺に立っていた。
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