桜ふたたび 前編

2、セカンドチャンス

澪は、灰色の空の下、遠い目をして佇む自由の女神を、見るともなしに見上げていた。

朝、目覚めたとき、ジェイの姿はもうなかった。

明け方近くまでは、ドア一枚隔てた向こうに彼がいると思うと、全身が耳になったように冴えてしまい、微かな物音にも身構えていたのに。それがいつの間にか、扉の音にも気づかぬほど熟睡していたのだ。

静まり返った部屋に一人取り残され、澪は置き去りにされた子どものように心細くなった。

顔を合わせるのも気まずかったけれど、実は澪の頭には、微かな甘えがあった。
彼も大人だもの、朝になれば何事もなかったかのように、平然と接してくれる……と。

バカだった。
フロントデスクで渡された新幹線のチケットに、己の甘さを思い知らされた。
言付けのない贈り物は、義理だけを残した、完全な拒絶。

これまでの彼の言動を鑑みれば、結論から逃げる、それがもっとも避けるべき選択だと、わかっていたのに。
考えて、考えて、澪はいつも最悪の結果を引き寄せる。

こんなにも嫌われてしまって、それなのに、何かが心に引っかかって、足を駅へと向かわせない。
帰ることも、留まることも、決心がつかない。

森がざわざわと大きく揺れ、鳥たちが騒いだ。
森の上を、不気味な雲が駆け足で流れてゆく。
生暖かい突風が、澪の髪を乱した。

ふと、風のなかに海の匂いを感じて、澪は引き寄せられるように歩き出した。
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