早河シリーズ序章【白昼夢】
エピローグ

side.A

12月7日(Thu)

「いってきまーす」

 浅丘美月は元気よく家を飛び出した。頭上には冬の青空が広がり、冷たい空気が頬を刺す。お気に入りのピンクのふわふわマフラーを口元まで上げると、少しだけ顔の周りが暖かく感じられた。

今日は期末テスト最終日。2週間後にはクリスマスと冬休みが待っている。

(テスト終わったら隼人くんとデートだ。何着ていこう)

 吐く息が白い。あの夢の日々は真夏の8月。夏が過ぎて秋になって冬が来た。もうすぐ今年も終わる。

時間と言うものは残酷で、記憶と言うものは曖昧だ。
望んでいなくても時計の針は進む。望んでいなくても記憶は新しいものに塗り替えられる。


 ──“人は忘れる生き物よ。別れて忘れて、そしていつか消えていくの”──


 最近読んだ小説にそんなセリフがあった。
別れて忘れて消えた後はどうなる? 消えた後は慣れていく。

 その人がいない日常に慣れていく。その人がいないことが現実になって、その人の存在は夢の中だけになる。それは自然なことなのか。

 人の死は夢ではなく現実だ。
毎日が誰かの誕生日で誰かの命日。
今この瞬間にどこかの誰かの命が始まり、どこかの誰かの命は消えている。
永遠なんてない。永遠なんてものは夢の中のおとぎ話。

 生と死、光と闇
どちらを選ぶかは自分次第
正しいか正しくないか
どちらに転ぶかも自分次第

 正義ってなんだろう
正しいってなんだろう
私の正義は正しかったのか
正しいだけが手段じゃない

 あの夏の夢を経験して、綺麗なままでは人は生きられないことを美月は知った。少しだけ人の闇に触れた気がした。
それは、少しだけ大人になってしまった証なのかもしれない。

 最寄りの世田谷区上野毛駅の改札を抜けてホームに出た。島式ホームの2番線側に立って電車の到着を待つ。
到着時刻まであと少し。ふと、背後に人の気配を感じた。

『試験勉強はちゃんと出来たかい?』

 聞こえた男の声にハッとして、後ろを振り向いた。冬なのに色の濃いサングラスをかけた若い男が背後に立っている。
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