出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
プロローグ
 歴史を感じさせる王城の隣に、その外壁と同じ象牙色の礼拝堂がひっそりと建っていた。そこから抜けるような空に向かって、尖塔が真っすぐに伸びる。
 ステンドグラスからきらきらとした陽光が降り注ぐ室内では、今、まさに神の前で愛を誓おうとする女性が一人、たたずんでいた。
 真っ白いドレスは、スカートがふんわりと膨らみ、レースは華やかに幾重にも重なっている。胸元にある花をあしらったレースは繊細だ。ゆるやかに波打つ赤みのかかった茶色の髪はハーフアップにされ、花冠によって飾り付けられている。ぱっちりとした二重まぶたに、宝石のような紫色の目、ふっくらとした艶やかな唇には紅がのり、淡雪にも見える白い肌を際立たせる。
 そんな息を呑むほど美しい花嫁は、大司教と静かに向かい合う。
「一部、割愛させていたきます……。アンヌッカ・メリネ。あなたはライオネル・マーレを夫とし、健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、その命ある限り妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「誓います」
「これによって、お二人は夫婦として認められました」
 パチパチ、とまばらな拍手が鳴るものの「おめでとう」と声をかける者は誰一人いない。
 それもそのはず、ここに花嫁はいても花婿の姿がないからだ。
 だから指輪の交換も誓いの口づけもなかった。花嫁のアンヌッカがただ一人、誓いの言葉を虚しく口にしただけ。それでも結婚に関する書類のやりとりは終わっており、アンヌッカ・メリネはすでにアンヌッカ・マーレとなっている。
(このような結婚式、意味があったのかしら……?)
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