出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
第八章
 アンヌッカはなぜライオネルと向かい合ってお茶をすすり合っているのかが理解できなかった。
 それは、軍と再び契約をして一か月経った頃。
 目の前にいるのはアンヌッカの夫だが、結婚してそろそろ一年近く経つというのに、彼は頑なに家に帰ってこない。いったい彼の何がそうさせているのかはわからないが、ヘレナとの二人暮らしは快適すぎて、逆にそこに割り込まれても困るので、帰ってこないなら帰ってこないでもいいかなと、いい加減思い始めた頃でもある。
 だというのに、目の前には夫がいる。しかし彼は、目の前にいる女性を妻のアンヌッカだとは認識していない。魔法研究所から派遣されていて、古代文字に精通している女性のカタリーナだと思っている。
「美味いか?」
 一瞬、何を聞かれているのかわからなかった。だが、アンヌッカがカップを手にして、紅茶を一口飲んだ後であれば、紅茶の味を尋ねただろうと勝手に解釈する。
「はい……好きな香りです」
「なるほど。おまえはその紅茶が好きなんだな?」
「そうですね、好ましいとは思いますが」
 ライオネルがくすりと笑ったように見える。
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