苦くも柔い恋
千晃の本音




夏になり和奏が多忙を極める中でも千晃のルーティンに変化は無かった。

相変わらず土曜日の決まった時間に顔を出してくる。

玄関で対面した時、香坂の言葉を思い出しどうしようか一瞬迷ってその場に踏みとどまった。


「なんだよ?」


千晃の怪訝そうな瞳がこちらを見下ろし、なんだか意識をしてしまった自分が不快で気分が悪くなった。


「…なんでもない」


そのまま素っ気なく踵を返して部屋の奥へと進む。
千晃も玄関の鍵を閉めると続いて入って来て、テーブルの上に弁当を置いた。

その隅に置いてあったパソコンを見て、千晃が尋ねてくる。


「仕事か?」

「そう。見ないでよ」


つい先程まで持ち帰っていた仕事をパソコンごと閉じ、教科書などを並べている棚へと仕舞い込んだ。

それをじっと見ていた千晃が静かに声をかけてきた。



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