永遠を糸で縫い留めて

横笛

金木犀の香りが 雨のしんと静かな空気の中に溶けている


この夜はあの夜よりもよく眠れそうだ 俺は短い吐息をつく


乾いた枕の隣に 誰かの気配がする 誰だろう 紺色の夜に俺を訪ねてきたひとは 


ただ秋の金色に染まりゆく空気の中に 俺を置いてそっとしておいてほしかったのに


まぶたをうっすらと開けると 


そばに白い素足があった くるぶしに青いすじが走っている


俺はそれを雨嵐の日に空を流れる ちいさな雷のように その時そっと思ったのだ


俺がかのひとから受け取った 横笛を 自分の息子に渡して欲しいという


男に言葉を返そうとすると 薄紫の湿度の高い煙に包まれて 消えていってしまった


夜の色に 煙の白灰色が溶けて混じり 紫陽花の萼のような光沢を持っていた


いつか見たこの夢を あの人が奏でる横笛の音色と共に 思い出すのだろうか


記憶というものは不思議だ 普段はどうしても思い出せないことが 


そのひとと その場所と関係のある空気にふれることによって 


突然思い出されるのだ 

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