ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

26.眠れぬ夜に


 その日の夜、使用人たちもすっかり寝静まった時間帯。

 薄月の光だけが注ぐ部屋で、エリスはベッドから身体を起こし、ひとり小さく溜め息をついた。
 

(駄目だわ……。疲れているのに、どうしても眠れない)

 眠ろうと目を閉じても、昼間のリアムとの会話が頭に過り、返って目が冴えてしまう。
 ――それに。

(このベッド……こんなに広かったかしら)

 アレクシスが出張に出て二週間。

 エリスは、シオンの連日の訪問の甲斐もあって、ようやく寂しさに慣れてきたところだった。
 それなのに、今夜はまた一段と、ベッドが広くなった様に感じられる。

 本来そこにあるはずの、息遣いと、温もり。
 それがないことに、エリスは酷く不安になった。

「…………」

(わたしの部屋じゃ、ないみたい)

 アレクシスのいない寝室は、まるで他人の部屋のようで。

 エリスはその居心地の悪さに、よくないことと思いながらも、寝着のまま寝室を抜け出した。


 十月も半ばの秋が深まるこの季節、夜の気温は十度を下回る。

 身重の身体を冷やしてはならない――そうと知りながら、エリスはフラフラと、暗い廊下を彷徨(さまよ)い歩く。

 物音一つしない静寂の中、昼間のリアムの苦し気な顔を思い出しながら――。
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