ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

31.絵ハガキ


「うわぁ。君、まだ一文字も進んでいないじゃないか。エリス妃に手紙を書いたことがないって、本当だったんだね」
「……(うるさ)い。すぐに書く。少し黙ってろ」
「そうは言うけど……。とりあえず、あまり気負わずに書いてみたらどうだい? こういうのは気持ちだよ。絵ハガキだし、ほんの一言でもいいんだ。『俺は元気にしている』とか、『君が恋しい』とか、何でもいいんだよ」
「…………」


 それは港町に着いて約半日が経過した、日の暮れ始める時間帯。

 アレクシスは郵便局の外にある記入スペースで、ペンを片手に、眉間に大きく皺を寄せていた。
 睨みつけるような視線の先には、まだ一文字も記入されていない、まっさらな絵ハガキがある。

 そんなアレクシスの対面には、五枚以上の絵ハガキに記入を終えた、呆れ顔のジークフリートの姿があった。

 そう。二人は今まさに、郵便局にて絵ハガキにメッセージを書いているところである。
 アレクシスはエリス宛に、ジークフリートは祖国の親姉弟たちに。

 だが、慣れた様子でサラサラと文章を綴っていくジークフリートとは反対に、アレクシスは全く筆が進んでいない。

 その理由は、アレクシスが人生で一度も、手紙というものをまともに書いたことがないからだった。

(報告書であればいくらでも書けるというに。手紙となると、何を書けばいいのか全くわからん)

 アレクシスは、宛先だけが書かれた絵ハガキを見つめ、少し前の自身の発言を悔いる。

 こんなことなら、「俺だって手紙くらい書ける」などと、見栄を張るべきではなかった、と。
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