ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

38.不義の噂


 ◇◇◇


「――何? 宿泊者名簿を出せないだと? ホテル側がそう言ったのか?」
「はい。正式な手続きを踏まない限り、宿泊客の情報は教えられないと」
「なら、例のペイジボーイは」
「門兵に当たらせておりますが、顔を覚えていない上、あの規模のホテルですので……」
「……すぐには見つからん、か」
「申し訳ございません。私はこれから学院に出向き、シオンの部屋に手掛かりが残されていないか探って参ります」
「ああ、頼む」


 翌朝、エメラルド宮内、執務室のデスクにて、セドリックから進捗報告を受けたアレクシスは、大きく溜め息をついた。


 
 アレクシスとセドリックは一晩の間に、手紙を届けにきたペイジボーイの務めるホテルを割り出していた。
 手紙を受け取った門兵が、ボーイの制服の特徴を覚えていたためだ。

 貴族の屋敷に務めるペイジボーイのお仕着せは一般的に黒色だが、手紙を持ってきたボーイの服は濃紺。
 さらに、襟や袖口にブルーのストライプが入っていたという証言から、帝国ホテルの制服だろうと当たりをつけた。

 その情報と、図書館司書の、
『エリスと思われる女性が倒れ、連れの男と休憩室に入ったが、何か騒がしいなと駆け付けたとき、部屋はもぬけの殻だった』
 との証言や、学院からの
『シオンは昨夜から部屋に戻っていない』
 という連絡をもとに、エリスはシオンと共に帝国ホテルに滞在している可能性が高いと判断したのである。

 とは言え二人は、エリスとシオンが帝国ホテルにいるであろうことを、にわかには信じられなかった。

 なぜなら、帝国ホテルは帝国内で最も格式高い会員制のホテルだからだ。

 宿泊施設というよりは社交場の側面が強いホテルであり、身分の保証された王侯貴族でなければ、泊まるどころか施設内への立ち入りも許されない。

 泊まれる部屋やフロアについても、階級によって厳格に区別されており、皇子妃であるエリスならともかく、帝国内で何の身分も保証されていないシオンが泊まれるようなホテルではないのだ。

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