ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
39.憤怒の炎
「……何、だと……?」
――刹那、アレクシスの中に揺らめいたのは、憤怒の炎だった。
エリスを信用していないわけではない。噂を信じるわけでもない。
だが、アレクシスはどうしようもなく、心が乱れるのを止められなかった。
「――誰だ」
アレクシスは目を赤く血走らせ、声を荒げる。
「誰だ……! そんな噂を流した奴は……ッ!」
「……っ」
――まるで戦場の中にでも放り込まれたような強い殺気。
マリアンヌは、アレクシスの全身から立ち昇る強烈な殺意に肩を震わせながらも、ふるふると首を振った。
「わかりませんの。……ただ」
「……ただ?」
マリアンヌは、膝の上でぐっと拳を握りしめ、アレクシスを見据える。
「噂の内容、おかしいと思いませんこと? エリス様が身ごもっているということ自体、わたくし、どこからも聞いたことがございませんのよ。……ねぇお兄様。エリス様が妊娠されているというのは、間違いなく事実ですの?」
「――!」
瞬間、マリアンヌが言わんとすることを理解して、アレクシスは打たれたように立ち上がり、執務室を飛び出した。
「お兄様!? いったいどちらへ――!」
マリアンヌが後ろから何か叫んでいるが、アレクシスは立ち止まることも振り返ることもせず、エリスの部屋へと一目散に駆け抜ける。