【完結】ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

56.エリスの願い



(……ミートパイ、か)


 アレクシスは食事を開始して早々、前菜と同じタイミングで運ばれてきた自身の好物(ミートパイ)を見て、鋭く目を細めた。

 その裏にあるのは、自分はいったいどんな気持ちでこの料理を口に運べばいいのだろうか、という、複雑な感情だった。


(約束したこととはいえ、こうして俺の好物を出してくれるということは、エリスは俺に怒ってはいないということか?)

 アレクシスは、パイにナイフを入れながらそう考えて、けれどすぐに手を止める。

(いや、エリスは義理堅い女性だ。たとえ俺に不満を抱こうと約束は守るだろう。つまり、もしここで俺が能天気な顔でこの料理を食べたりすれば、エリスは俺を察しの悪い男だと思うのではないか?)


「…………」

 ――流石にそれは考えすぎか。

 だが頭ではわかっていても、気にせずにはいられない。

 エリスが好物を作ってくれたことは間違いなく嬉しいはずなのに、手放しで喜べないことが歯がゆくて仕方ない。


 そんな葛藤に苛まれたアレクシスは、ナイフとフォークを握りしめたまま、皿の上のパイをじっと見つめ、しばしの間固まっていた。

 すると、そんなアレクシスの態度を変に思ったのだろう。
 不意に、エリスが問いかける。

「あの……殿下? 今日はパイの気分ではありませんでしたか?」

「――!」

 その声にハッと視線を上げると、エリスが不安げな顔でこちらを見ていた。

 アレクシスは慌てて否定する。

「い、いや、そんなことは……。少し考え事をしていただけだ」
「そう、ですか? でももし、お口に合わなけれ「いや、君の作ったものが口に合わないなんてあるわけがない。いただこう」
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