ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

10.刺繍


(殿下はああ仰っていたけれど、やっぱり、もっと他にできることはないかしら)

 エリスはアレクシスを見送った後、廊下を歩きながら考える。

 アレクシスは『夜起きて待っていてくれればいい』と言ったけれど、他に彼が喜ぶことはないだろうか、と。


 アレクシスは宮廷舞踏会以来、花や宝石やドレスを事あるごとに贈ってくれるようになった。
 嫁いできたばかりの頃はがらんとしていた衣裳部屋の棚が、今では全て埋まっているほどだ。

 それなのに、自分はアレクシスに何も返せていない。
 夕食に手作りの料理を出すことはあっても、手元に残るようなものは、一つもあげられていないのだ。

(一度、刺繍したハンカチを贈ろうかと考えたこともあったけれど)

 いざハンカチに刺繍を施そうとしたら、別れたユリウスの顔が思い浮かび、手が止まってしまった。

 アレクシスへの最初のプレゼントが、元婚約者に贈ったものと同じというのは、いかがなものだろう、という気分になったのだ。

(刺繍じゃなくて、何か(しな)を注文する? でもあまり時間もないし、殿下はわたしと違って、必要なものは全て揃えていらっしゃるのよね)

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