ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

11.チェスと兄心


 そんなこんなで、あっという間に演習の出立前日となった日の昼下がり、アレクシスはどういうわけか、第二皇子(クロヴィス)のチェスの相手をさせられていた。

 時刻はちょうどアフタヌーンティーに相応しい時間帯。
 場所はクロヴィスの執務室の奥に備えられたプライベートルームであるため、観客はゼロである。


「さあ、お前の番だよ、アレクシス」
「…………」
「言っておくが、わざと負けようなどとは考えるなよ? 私には全てお見通しだ」
「そのような心配は無用です」

 クロヴィスの挑発に、アレクシスは真顔で返す。
 ――が、実際に心の中で思っていたのは、こうだ。

(なぜ俺はこんなところでチェスをしているんだ。一刻も早く帰ってエリスと過ごさなければならないのに)
 と。


 アレクシスは黒の歩兵(ポーン)を動かしながら、十五分前のことを思い出す。

 それは明日に備えて早めに帰ろうと、セドリックと共に執務室を出てすぐのこと。
 アレクシスはクロヴィスと廊下で鉢合わせし、呼び止められた。

「何だ、もう帰るのか? ――ふむ。ならば一局付き合え。話しがある」と。

(……一局(チェス)、だと?)

 クロヴィスとのチェスにいい思い出のないアレクシスは、「話ならここで。チェスは遠慮します」とすぐさま切り返した。

 けれどクロヴィスは「ここでは話せない内容だ」と譲らなかったため、しぶしぶ付いてきたところ、なし崩し的にチェスをすることになり、今に至るというわけだ。

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