ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜
12.誘い
(結局、さっきのアレは何だったんだ)
その後クロヴィスから解放されたアレクシスは、傾きかけた太陽の下、帰りの馬車に揺られながらセドリックの様子を思い出していた。
それはほんの数分前、クロヴィスからチェックメイトを宣言されたすぐ後のこと。
「もう行っていいぞ」と言われアレクシスが個室から出ると、そこにはグレーのハンカチを右手に握りしめ、神妙な顔で立ち尽くすセドリックの姿があった。
「……?」
(ハンカチ? それに、何だ、あの顔は)
セドリックは普段、余程のことがない限り取り澄ました顔を崩さない。
戦場で死角から弓矢が飛んでこようとも、顔色一つ変えずに剣で叩き落としてしまうほど、常に冷静さを失わない。
そんなセドリックが、思い詰めたように眉を寄せ、握りしめたハンカチをじっと見据えている。
その見慣れない姿に、アレクシスは違和感を覚えずにはいられなかった。
「セドリック?」
「……っ、……殿下」
「どうした、可笑しな顔をして。マリアンヌの用というのは、そのハンカチだったのか?」
「……ええ、まぁ」
アレクシスが尋ねると、セドリックは曖昧に呟き、ハンカチを胸の内ポケットにしまい込む。
「いつかお貸ししたハンカチを、わざわざ返しにきてくださったようで」と、付け足して。
その返答に、アレクシスは一層違和感を覚えた。
本当にハンカチを返しにきただけならば、セドリックがこれほどまでに動揺するはずがないのだから。
けれどセドリックは、アレクシスが「それだけか?」と尋ねても、「それだけですよ」と答えるだけで、それ以上は語ろうとしなかった。