ヴィスタリア帝国の花嫁Ⅱ 〜婚約破棄された小国の公爵令嬢は帝国の皇子に溺愛される〜

13.出立前夜

 それからしばらくして、身支度を整えたアレクシスはエリスの部屋を訪れた。
 扉をノックし、エリスの返事を待って扉を開ける。

 すると侍女たちは既に退室した後のようで、中にいるのはエリスだけだった。

 その状況に、アレクシスは再び『やはりこれはそういう誘いなのか?』と勘ぐったが、部屋の奥のテーブルの前で、こちらに背を向けて立つエリスの姿を見て、どうもそうではなさそうだと察知する。

「……エリス?」
(なぜ、こちらを向かないんだ?)

 不審に思ったアレクシスは、慎重にエリスに近づいていく。
 するとあと少しというところで、ようやくエリスが振り向いた。

 緊張したように頬を赤く染めながら、「これを殿下にお渡ししたくて」と、胸の前に抱えた何かを、おずおずと差し出してくる。

 それを見るやいなや、アレクシスは目を見張った。

「これは……俺のシャツか?」

 ――そう、それはアレクシスが毎日のように着ている黒のワイシャツだった。

 シャツを見たアレクシスは、
(なぜ俺のシャツがエリスの部屋に? メイドが洗濯物を間違えて届けたのか?)
 と混乱したが、すぐにそうではないことに気付く。

 目の前のシャツはどう見ても新品。
 その上、襟と袖によく見知った、けれど見覚えのないアラベスク模様の刺繍が入っているのだから。

(つまりこれは……、エリスから……俺、への……?)
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