鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

卒業式と愛蘭の婚約パーティー

 婚姻話を聞いた三日後に、高等部の卒業式があった。
 桜の花が舞い、祝いの歌声が響く。

 同級生達は、皆が豪華な袴を着て誇らしげな表情だ。
 鎖子は長年着続けた、お古のセーラー服で出席した。
 手足も伸びて少し窮屈だけど、三年間お世話になった制服だ。
 恥ずかしいことなどないと、鎖子は思う。
 
 式が終わったあとの校門を一人歩く。

「ふぅ。卒業おめでとう私。卒業までたくさん頑張ったわよね。おめでとうで、いいわね? 表彰は辞退して良かった。愛蘭がうるさそうだものね……明日には九鬼兜家へ行って、夜には結婚式? まだ信じられないわ……」

 戸惑っていても、時間は過ぎていく。
 準備などしなくていいと、当然のように学校のあとも働かされた。

 要に会える……会えるだけじゃない。
 彼と結婚して……彼と……彼と……。

 抱かれるだけなんて、言われても、それがわからないのだ。
 抱き締め合うだけではない事は……わかるけれど、何をするかなんて鎖子には想像もつかない。
 
「変な事考えていないで、愛蘭に言われた買い物があるから急がなきゃ」
 
 急ごうとしたが、ふと足を止める。
 鎖子をいじめていた同級生達が、笑いながら噂話をしている。
 どこかへ行ってしまわないか、鎖子は木の陰に隠れた。
 
「クサ子の嫁入りが決まったって聞いたよ? びっくりしたわ!」

「相手はあの九鬼兜要だってよ! 帰国後にすぐ謀反起こして厳罰処分」

「謀反ってなにしたの~? 要さん、どうしちゃったの~?」

「さぁ? それは明らかにされてないみたいだ」

「帰国後に俺見かけたんだけどさ、ヤバかったよ。オーラが。冷徹ってあーいうんだろな。無慈悲な軍人になって、作戦で妖魔と人を殺しまくって、感情おかしくなったんだろ」

「でも少佐は少佐のまんまだってよ。少佐ってすげーよな」

「そんで、今回は柳善縛家の力が数百年ぶりに使われるってことか」

「柳善縛家の罰執行は昔にあったけど、わざわざ嫁入りなんて異例らしいけどね。要先輩の専用になっちゃうだろ?」

「確かに~……嫁入りしたら、他人にあれこれ貸し出すわけにはいかないもんな」

「愛蘭も婚約決まったって大騒ぎしてたけど、こっちの方がすごい注目話題よね」

「また愛蘭の苛つきが爆発しそうだな。クサ子も、あいつ殴られて顔ボコボコにされるんじゃない~?」

「ねぇねぇみんな~? なんの話で盛り上がってるの~~?」

 現れたのは、豪華で派手な袴を来た愛蘭だった。
 みんなは少し愛想笑いをして、愛蘭を囲んだ。

「卒業お祝いの日だけど、私の婚約パーティーのほうが大事でしょ! みんな絶対に来てよね」

「と、当然だよ~改めておめでとう!」

 これから愛蘭の婚約発表のパーティーがあるのだ。
 此処にいる全員が招待されている。
 卒業式の日にパーティーをするなんて、内心皆が迷惑に思っているのだが愛蘭は気付かない。
 気付いていても、迷惑だって構わないのだ。
 
 愛蘭達の長話が終わらないので、静かに見つからないように歩く鎖子。

「あ!! クサ子!! あんた言いつけた買い物して、帰りなさいよ」

 見つかってしまったが、頷いた素振りを見せた。

「あはは。鎖子って今日も汚いセーラー服姿なんだね」

「石でもぶつける? あ、逃げた!」

 鎖子は一人走って校門を飛び出した。
 
「はぁ……っはぁ……っ」

 逃げ足だけは速い……とそれも笑われる。
 でも、殴られるよりはマシだ。

「お買い物して、屋敷について……間に合うかしら」

 愛蘭の言いつけは絶対だ。
 卒業式だというのに、一人自転車を鎖子は漕ぐ。

 馬車や自動車で皆が迎えに来るなか、鎖子は自力でオンボロ自転車を漕ぐ。
 長い長い道を走って、坂の上にある柳善縛家の屋敷にやっと着く。
 
 鎖子は裏門の勝手口から台所へ向かった。
 
「ただいま、帰りました」

「遅いよ! 鎖子!」

「はい、すみません」
 
「さっさと着替えて会場へ向かうよ! 今日は愛蘭様の婚約パーティーなんだからね」

「はい」

 卒業式を終えたばかりだというのに、祝いの言葉もない。
 しかしそんなのは慣れたもの。
 
 鎖子は特に何も思わずに、自分の部屋へ向かう。
 使用人の部屋のなかでも一番端で、狭くてすきま風も酷い。
 くたびれて柔らかくなった畳に、いつから動かしてないのかわからない座机。
 
 鎖子は急いでセーラー服を脱いで、普段着の和服に着替えて割烹着を羽織る。

 そしてすぐに台所へ向かおうと、部屋を出た。

「鎖子ちゃんっ」

「梅さん」

 梅さんは、両親が生きていた頃から働いていた老婦人だ。
 何かとこっそり世話を焼いてくれる、屋敷で……この辛い世界のなかで唯一頼れる人だ。
 ドレスを縫い直した時も手伝ってくれたし、ご飯を分けてくれた事もある。
 鎖子が、要の父の葬儀に出たあと体調を崩した時も面倒を見てくれた。
 
「言われた通り、買い物してきました。ネギとミョウガ」

「卒業式だっていうのに、そんな物をわざわざ買いに行かせるなんて……。鎖子ちゃん。卒業おめでとうございます! これ、祝いの紅白饅頭だよ!」

「えっ……嬉しいです。わざわざ、ありがとうございます」

 可愛い手のひらサイズの紅白饅頭が、紙の箱に入っている。

「鎖子ちゃんの、婚姻のことは……お祝いしていいのか……どうか」

「……梅さん」

 梅のシワだらけの顔が、悲しく歪む。
 
「おいたわしや……まさか執行官の命を受けての婚姻だなんて……あまりにむごいじゃないですか……」

「気にしないで、私は大丈夫です。どうか祝ってください」

「あぁ……おいたわしい……ご無理なさって! 謀反者の鬼人に嫁入りだなんて……」

「実はね梅さん。私は……要様にお会いできることが……本当は嬉しいんです」

「そ、そうなのですか……鎖子お嬢様」

「……私は要様に、嫌われていると思うのですが、それでも私は……あの……だから」

 結婚するという実感なんて、全くできない。
 でも、要への想いは消えていない。
 誰からも祝ってもらえなくても、梅には祝ってほしかった。

「鎖子お嬢様……そうですか。そうですか……梅はいっぱいお祝いいたしますよ……!」 
 
「ありがとうございます。でもお嬢様なんて言っては駄目です。叱られてしまいます」
 
「梅ばば! 鎖子ぉ! なにやってんの! 早く行くよ!」

「はい、今参ります。 梅さん、お饅頭本当にありがとうございます。では行きましょう」

 今日は妹の愛蘭の婚約発表会がおこなわれる。
 場所は屋敷内ではなく、爽風館という洋風のお屋敷だ。
 爽風館の給仕が全て執り行えるのに、わざわざ家の女中達まで呼ばれて手伝えと言われていた。
 
 表向きは家族の一員であるというのに、鎖子には用意された服もない。
 つまりは、女中として酒を注いでまわれという事だ。
 
 爽風館に着いて裏口から入ると、調理場と配膳台は大忙しでドタバタしている。
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