鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

将暉の暴走

 
 愛蘭からの暴力に耐えて、離れの女中部屋へ戻った鎖子。
 酷く痛めつけられていたので、治癒術をかけるのに鬼妖力も使い果たしてしまった。
 
「昨日も地獄、今日も地獄……明日も、地獄になるの……? ……要様のところで……」

 毎日働かされて、明日に九鬼兜家へ行く準備も心構えも出来ていない。
 ボストンバッグには、一応見栄えのするワンピースが一枚入っていた。
 でも疲れ果てて、合わせる事もできない。

 ノックの音が聞こえた。
 梅だ。
 
「鎖子お嬢様。お逃げくださいませ」

 梅が真っ青な顔をして、立っていた。 
 突然の言葉に驚く鎖子。

「え?」

「将暉様が竹刀を持って馬車を降りるのを見ました! あれで鎖子様に折檻するつもりですよ……!」 

「……えっ……そ、そんな……」
 
 ゾッとした。
 愛蘭に反抗した仕置のつもりか。
 先程の怪我を治癒して、これ以上はもう使えない。
 竹刀などで打たれれば、大怪我をしてしまうだろう。
 
「愛蘭様の暴力を見て、もう我慢できませんでした! 勝手ながら、鎖子お嬢様がお嫌ではないと言ってましたので、早くお迎えに来てくださいと九鬼兜家に電話を入れたのです……!」

「で、でも……まさかそんな、要様が、私をお迎えに来ていただけるとは……思えません」

「では今は、私と逃げましょう……! 近くの宿屋にでも避難するべきです……!」

「えっ、は、はい!」
 
 しかし、鎖子が荷物をまとめようとしたが、ギシギシ……と軋む床を誰かが歩いてくる音がする。
 狭い廊下の壁を、竹刀を叩きつける音も聞こえた。
 
「……鎖子ぉ……こんばんはぁ~~~」

 将暉が、ニヤニヤと笑みを浮かべ顔を出す。

「ぎゃ!」

 梅は恐ろしさで悲鳴をあげて鎖子と抱き締め合う。

 「ま、将暉さま……?」

 今日は昼に、愛蘭と将暉の婚約発表パーティーがあって、これから金剛親子を招いての夕食会だ。
 そして、鎖子は明日に嫁入りをする。
 これでもう、この家ともお別れできると思っていた。

 それなのに、妹の夫になる男が……何故竹刀を持って鎖子の部屋に来るのか。

「おい、ババア。人払いをしろ……俺はお義姉様と話があってなぁ」

「ひっ。こ、これから鎖子ちゃんは、お仕事がありますから……」

「そうなんです。私も夕食会の支度をしなければいけませんので、し、失礼します」

 梅の嘘に鎖子も頷く。
 ここから逃げなければ……身の危険を感じる。
 梅を庇いながら、部屋を出ようとした鎖子。

「そんな事はしなくていい!!」

 バン! と竹刀で薄い木の扉を打ち付ける将暉。

「お前は俺と話をするんだ!! いいから部屋へ入れ!! ババアはどっかへ行け!」

「う、梅さん。行ってください……!」

「ひぃぃい!!」

 どうにか梅を逃がしたが、将暉は鎖子の腕を掴んで乱暴に部屋へ投げ飛ばした。

「きゃ……!」

「鎖子ぉ~~やっと、やっと初めての二人きりだな……」

「将暉様……一体、何をおっしゃっているのですか……?」

「鎖子……裸になれ……」

「……え?」

「今しか時間がない。裸になって、全部を俺に見せろ」

「な、何を仰ってるんですか」

「抱きたいが、俺はさすがに力を減退されるわけにはいかない……でも、できるだけ可愛がってやる……裸になれ!! 見たい! お前の裸が見たいんだ!」

「ひぃ……い、いや」

 あまりの気持ち悪さに、鎖子は全身に悪寒が走った。

「時間がないんだ! なぁ鎖子……お前は本当に可愛いなぁ、あぁ……綺麗だ」

「な、なにを……」

「……お前ほど美しい女はいない……。ずっと見てきた……あちこち成長したなぁ……うまそうになって。さぁ全部脱げ……俺の鎖子……可愛い鎖子……なんでお前が俺の花嫁じゃないんだ……」

「きゃ……いやぁ!」

「騒ぐな!! 鎖子……あぁ鎖子……好きだ……好きだぁああ!」

「私は明日、嫁入りです! 貴方は、愛蘭の夫になる人ですよ!? や、やめて……いや!!」

 狭い和室で押し倒された。
 口を塞がれ、着物を剥ぎ取られそうになる。
 
「はぁはぁ! 鎖子! 鎖子おーーー!」

「やめて! 私に触らないで!!」

「鎖を出すなよ! 殺すぞ!」

 その時、外で悲鳴が聞こえた。

「……なっ……なんだ!?」

 女中達が何か騒いでいる。

「なんの騒ぎだ……ひっ?」

 空気が一瞬で重くなり、のしかかるような感覚。
 ゾクリ……と寒気がした。
 同じように将暉も感じたのだろう、冷や汗が吹き出している。

 強い、強い鬼の殺気だ。
 結界のように、この屋敷一帯を包み、重く伸し掛かる殺気。

 重い足音が聞こえてくる。

「……こ、これは一体、誰の気だ!?」

 将暉の恐怖に怯えた声。

「この……鬼妖力(きようりょく)……」

 恐ろしい殺気……でも、鎖子は懐かしさを感じる。
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