鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

助け

「この……鬼妖力……」
 
 鎖子は尻を引きずるように将暉から離れ、乱れた胸元を直す。

 ドォン! と激しい音がして扉が蹴破られた。

「ひっ……!?」

 将暉が飛び上がる。

「あ……貴方は……」

 入ってきた男は、黒い軍服姿に、軍帽、そしてマントという出で立ちだ。
 黒髪に、紅い目。
 長身で端正な顔立ちだが、溢れ出した殺気が彼を取り巻いていた。

「何をしている」

 静かだが、低く、怒気がこもった声。
 冷えた空気が、鎖子の頬を撫でた。

「く……九鬼兜(くきつ)様……?」

 そこに立っていたのは、まさかの九鬼兜要だ。
 紅い目を冷酷に光らせて、将暉を睨みつけている。
 
「ひぃ九鬼兜!? あ、こ、これは……この女が俺を誘ったんだ!」

「えっ……」

「とんでもない、淫乱娘だ! 嫁入り前に、俺を誘惑して……!」

 とんでもない言い訳だった。
 
「ち、違います……!」

「だ、黙れ! この俺を誘惑しやがって! 汚らわしいなぁ!!」

 将暉が鎖子を平手打ちしようと手を挙げた。
 が、要にがっちりと手首を握られる。

「ぐあっ!! な、何をする」

 要が軽い動作で手を振り上げると、将暉の身が浮かぶように飛んで壁にぶち当たる。
 古い壁に亀裂が走った。

「ぎゃあ!!」

「殺されたいのか? 金剛将暉」

「お、お前は謀反を犯した犯罪者だろ! 何故こんな場所にいる!!」

「軍での立場は変わっていない。婚約者を迎えに来た。俺の前で彼女を愚弄して、死にたいのか? と聞いている」

 婚約者という言葉に、驚いてしまう。
 
「お……お前! この仕打ちどうなるかわかってるんだろうな! 父上がもうすぐこの家に来る!! ざまぁみろ! また断罪だ!」

「ではそれを辞世の句だとして、お前の父に伝えてやる」

 本気の殺気。
 空気が歪み、要が刀の柄に手を添えた。

「く、九鬼兜様! 私は大丈夫です! 大丈夫ですから……!」
 
 鎖子が叫んだ。
 このままでは、要の罪がまた増えてしまう。

「鎖子……」
 
「ぐぐぐ……この女を、む、迎えに来たのなら、さっさと連れて行け!」

「お前に言われずとも、連れて行く。鎖子、立てるか」

 要は、倒れた鎖子に手を差し伸べた。

「は、はい……すみません」

 優しい仕草に、鎖子は少し驚いた。
 差し出した手は、力強く鎖子を立ち上がらせてくれた。
 要は鎖子の乱れた着物姿を見て、自分のマントを肩にかけてくれた。

 ふわりと、伝わる温かさ。

 そのまま二人が出て行くかと思って安堵した将暉の顔を、要はブーツの足で蹴りあげた。

「ぎゃ!!」
 
「次はないぞ」

 また重く伸し掛かる殺気。
 ゲェっと将暉が吐いて、倒れる。
 要の殺気に当てられて、気絶したようだ。
 
「行こう」

「九鬼兜様……は、はい」

「岡崎、鎖子の荷物を運んでやれ」

「はい、旦那様」
 
 初老の執事が一人入ってきて鎖子の部屋を見回したが、鎖子の荷物はほぼ無い。
 あらかじめ用意したボストンバッグと、ボロボロのボストンバッグ一つだけだ。

 そこに駆けつけた愛蘭が、悲鳴をあげる。

「ちょっと女中達なんの騒ぎなの!? はぁ!? 九鬼兜先輩!? きゃああ将暉!! しっかりして!!」

 愛蘭を無視して、要は執事の岡崎が荷物を持つのを見た。
 鎖子を自分の身の後ろに庇う。

「梅という女中も連れて行く。お前の窮地を連絡してくれた。うちで雇おう」

「えっ……は、はい」

「クサ子~~~!! こっちへ来て説明しな!!」
 
 愛蘭が怒りで燃えた瞳で、鎖子を睨む。
 要は愛蘭の前に立つ。

「鎖子が説明する必要はない。説明なら、そこの男に聞け」

「クサ子が全部悪いに決まってるでしょうが! いつだってこいつが全部悪い!」

 九鬼兜家当主と、柳善縛家の次女。
 権力の差は一目瞭然だが、愛蘭は怒鳴り続ける。

「柳善縛家……狂いに狂い、ここまで堕ちていたのか」

 暴力と憎しみに満ちた家の異様な空気に、要は眉をひそめた。

「誰かこいつらを捕まえて! 強盗よ! 犯罪者! お父様こいつに罰を与えて!」

「……幼少期のまま、知性が止まったようだな。お前も、将暉も」

 要が呆れて言い放った。

「なんですって!! ひっ!!」

 要が愛蘭を見据えると、鈍感な愛蘭も青ざめてその場にへたり込んだ。
 
「く、九鬼兜様、早く参りましょう」

 愛蘭の呼び声で、叔父がやってくる。
 もうすぐ金剛家当主も来る!
 このままでは、要の罪が更に上乗せされかねない。
 鎖子は、要に何か言える身分ではないと思いながらも要に言う。

「では行くぞ」

「鎖子お嬢様! 私もご一緒いたします! はいそれでは、柳善縛家の皆様お世話になりました!!」

 ドタバタと梅も、一式揃えてやってきた。
 女中達が呆然と見ている。
 
 梅の挨拶を聞いて、鎖子も一瞬挨拶をするべきなのか迷った。
 要には逃げてほしいが、自分まで逃げ出して大丈夫なのか。

「俺が迎えに来た事は、伝えるように言ってある。挨拶は不要だ」

 黙った鎖子を見て、要が言った。

「えっ……」

「大丈夫だ。俺が守るから、何も心配しなくていい」

「は、はい」

 今は、一刻も早く要を屋敷から遠ざけたい。
 
 でもあまりの事に、脳内が追いつかない。

「ささ、あちらに九鬼兜の馬車がございます。お足元にお気をつけて」

 執事の岡崎が、案内してくれる。
 もうすでに日は落ちていた。

 落ち着いた装飾の、上質な馬車が待っていた。

「ふたりとも、馬車に乗れ」

「は、はい……」
 
 ふと屋敷を振り返る。
 見送りなど、誰もいない。
 ぎゃあぎゃあと愛蘭の叫ぶ声がかすかに聞こえる。

 両親との想い出が、かすかに残る屋敷。
 でも、それからの地獄の日々しか思い出せない。

 此処に戻ることはないだろう。
 此処はただの地獄の館だ。

 馬車は、真っ暗な道を走り出す。

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