鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

次元門を越えて

 馬車の中では、鎖子の隣に梅が座り手を、握ってくれていた。
 無意識に手が震えていたが、徐々に収まってくる。

 怒涛の展開で、脳内整理が追いつかない。
 
 向かい合わせで座っている要は腕組をしたまま目を瞑り、ただ黙っている。

 艷やかな黒髪、長いまつげに、端正な顔立ち。
 二年前に会った時より、更に鬼妖力も増して、胸元の勲章も増えている。

 確かに誰も寄せ付けない雰囲気が感じられた。
 
 帝国の死神……冷徹武士。
 間違いなく要だ。
 
 冷たさを感じる気迫だが、要の鬼妖力を感じて鎖子は懐かしさに涙が出そうになる。

 彼は子どもの頃に宣言したように、帝国のために戦う立派な軍人になったのだ。

 逆に自分は、愛蘭に折檻された後に、将暉にまで着物を剥がされそうになって……。
 あんな部屋で生活していたのも、知られてしまった。

 ボストンバッグもボロボロで、準備も何もできていなかった。

 自分の小汚い姿が恥ずかしくて堪らない。
 とりあえず梅が隠してくれたので、乱れた着物を整えた。

「あの、マントをありがとうございました……それに助けていただいて、本当にありがとうございます」

「九鬼兜様! 鎖子お嬢様を助けに来てくださって誠にありがとうございました! この梅! 老体ではありますが! 鎖子お嬢様と九鬼兜家に一生お仕えするつもりでございます!!」

 梅の声が馬車に響き渡る。

「……礼など必要ない。身体の具合はどうだ」

「あ、は……はい。もう大丈夫です」

 とは言っても、虐待され治癒術も使ってふらふらなのは間違いなかった。

「もうすぐ俺の屋敷に着くから、少し辛抱してくれ」
 
 九鬼兜家の屋敷は、柳善縛家からは遠いはず。
 『もうすぐ』で着く距離ではないはずだが……。

「時空門(ゲエト)を開く。船酔いのようになる者もいるが我慢してくれ」

「えっ……時空門?」

 要は、御者台で馬車を操る執事に合図を出した。

「きゃ……」
 
「あれまぁ!」

 馬車の中は揺れていないのに、脳内がぐらりと揺れる感覚。

「うっぷ!」

「梅さん、大丈夫?」

 そして、また普段どおりの感覚。
 馬車は止まらずに走り続ける。

「だ、大丈夫です鎖子お嬢様……まさか九鬼兜家御当主様は、 時空門まで使えるとは……」

「これで最後になるだろうがな」

 時空門は超高難度の術だ。

 華鬼族でも、使える者は特級力の持ち主だけだ。
 金剛将暉の父、金剛勝時が使えるという話を聞いたことはあるが……。

 何故、要がこの力を使えるのが最後と言ったのか。

 それは、鎖子が嫁入りをして彼の力を縛り弱体化させるからである。

 それが謀反を起こした九鬼兜要への処罰であった。

 帝国にとって財産とも言える、要の力を減退させる……。
 命令されてのことではあるが、その責任の重さに鎖子はまた動揺してしまう。
 
 森のなかに、九鬼兜家のお屋敷はあるようだ。
 門をくぐってから大分たって、玄関先の灯りが見えた。

「着いたぞ。あとは、この岡崎に全て任せてある。ゆっくり休んでくれ。俺はまた軍部へ戻る」

「えっ……」

 まだ任務が残っていたのに、鎖子のために柳善縛家へ来てくれたのか。

「あ、あの九鬼兜様」

「何かほしいものがあれば、岡崎に言うといい」

「は、はい……あの、お母様の眞規子夫人にご挨拶は……」

 此処には要の義理の母、眞規子がいるはずだ。

「もういない」

 無表情のままに要は答えた。
 
「えっ……」

「だから、挨拶は必要ない……ゆっくり休んでくれ」
 
 そのまま馬車は軍部へ向けて走り去って行った。
 眞規子がいない……?

 どういう意味なのだろうか――。
 
「鎖子様、梅さん。こちらへどうぞ」

 卒業式に、愛蘭の婚約発表、夜の折檻……そして、まさかの要の迎え……。
 心の準備も出来ていないまま、最愛の人との再会。
 再会にしても、最悪な場面を見られてしまったが、要が来てくれていなかったらと思うと恐ろしい。
 
 そして義母になるはずだった女性は、もういないという。

 頭の中がグルグルと回るが、鎖子は屋敷に一歩踏み入れた。

 
< 14 / 78 >

この作品をシェア

pagetop