鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
九鬼兜家屋敷でのおもてなし
九鬼兜家の屋敷は、洋風の大屋敷だ。
さすがの五大・名門華鬼族家といえる立派な佇まい。
豪華な玄関を開けて、大広間に入る。
数人のメイドと使用人が頭を下げて、鎖子も慌てて頭を下げた。
岡崎が何かを指示している。
「さぁ、お疲れでしょうから、まずはお部屋へ御案内致します」
「あの岡崎様」
「鎖子様、岡崎とお呼びください。遠慮など必要ありません」
「は、はい……岡崎さん。これから、どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。梅さん、鎖子様の部屋でのお世話を頼んでもよろしいですか」
「もちろんです。今まで何もできなかった分、鎖子お嬢様のお世話をたっくさーん! させていただきます!」
梅が、生き生きとした笑顔で握りこぶしを見せた。
「梅さん、私なんかに着いてきて本当によかったのですか?」
「もちろんです……長年何もできず、見守ることしかできなかった私を許してください。死ぬまで鎖子お嬢様にお仕えしたく存じます」
あの屋敷で悔しい思いをし続けたのは、鎖子だけではなかったのだ。
「そんな……! 梅さんがいなかったら、私はあの屋敷で生きてこれなかったです。自分のことは自分でできますから、梅さんこそのんびり過ごしてほしいです」
「鎖子お嬢様のお優しいことと言ったら! あいつらに爪の垢を飲ませたい……! 岡崎さん、お嬢様はこういう御方ですので、グイグイお世話をお願いしますよー!」
「はい、十分に理解いたしました」
岡崎は、二人のやりとりを見て微笑む。
長い廊下を抜けて、可憐な装飾がされた一枚のドアを開けて部屋に案内される。
「え……あの……此処は?」
「鎖子様のお部屋でございます」
豪華絢爛な部屋だった。
高い天井には可憐なシャンデリアが輝き、絨毯は唐草模様が美しく柔らかい。
花模様の入ったスェードのソファには、レースのクッションが置かれている。
部屋は暖かく、花瓶には綺麗な薔薇が飾られていた。
「……こんな素敵なお部屋は私には……もったいないです」
「何をおっしゃいますか。貴女様は要様の奥方様。ですから当然のことでございます。それでは、お茶をお持ちいたします」
「あ、鎖子様は夕飯もお召し上がりになっておりません。何か軽い食事も、お願いします!」
梅さんが慌てて岡崎に伝えた。
「えっ。あの私は梅さんから頂いた、紅白饅頭がありますから、それで大丈夫です」
自分で用意していたボストンバッグには、要からのプレゼントや梅からの紅白饅頭も入れてきた。
「あんっな小さなお饅頭でお腹いっぱいにはなりませんよー! 岡崎さん! 食事も!」
「でも……申し訳ないです。突然こんな夜に……」
「まだまだお若い方がそれだけでは足りませんでしょう。お食事の用意も致しますね。梅さんには隣の使用人用和館に部屋が用意してありますが、今はこちらで鎖子様のお世話をお願いします」
「岡崎さん、お嬢様のお支度のことで色々とお聞きしたいことが」
「はい。ではこちらでお伺いします」
梅は岡崎と何やらヒソヒソと話している。
豪華なソファに座ることもできずに、立ったまま梅を待つ。
梅も岡崎に部屋での設備を色々と教えてもらい、礼を伝えて岡崎は出て行った。
「まぁ! 何を棒立ちになって! ソファにおかけください!」
「い、いいのかしら。こんな贅沢な部屋」
「鎖子お嬢様のお部屋ですからね! こちらのお部屋にお風呂があるそうですよ! 新しい寝間着もタオルも何もかも用意していただいております!」
「まぁ……お風呂は入りたいです。嬉しいです」
汚い将暉に触れられた鎖子は、身を清めたかった。
「お嬢様……やはり医者を頼みましょうか」
「いえ、大丈夫です。治癒術はもう済ませてあって……疲れているだけです」
「そうですか。必要な物があったら仰ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
食事が届く前に、まずは身を清めることにした。
「すごいわ」
風呂の他にも、衣装室には沢山の洋服、ドレッサーには良い香りの化粧水は乳液が用意されていた。
「すべてが豪華……ありがとうございます……」
しっかりと身体を洗ったあとは、梅に教えられて初めて化粧水を使った。
天使のようなシルクのネグリジェを着せられた鎖子。
青白かった頬が、ほんのりピンクに染まっている。
身体はしっかり温まって、お茶とおにぎりと卵焼き、そして具沢山の味噌汁が用意されていた。
「とても美味しいです。こんなに美味しくて温かい料理は久しぶりです」
岡崎は、鎖子の言葉に驚いた顔をしたが優しく『それはようございました』と頷く。
「岡崎さん、九鬼兜様は何時頃にご帰宅でしょうか? 改めてお礼をお伝えしたく……」
「要様のお戻りは深夜かと思われます。気になさらずゆっくり休むように言われておりましたので」
「深夜に……お忙しいのですね。明日の婚儀は、予定どおりですか?」
「予定どおり、明日の夜に執り行われます」
婚儀と言っても、誰も祝うことのない結婚だ。
九鬼兜家から見れば疎ましい存在の鎖子。
此処では忌み嫌われて過ごすことになると思っていたのだが……贅沢な部屋に、温かい料理。
何より、岡崎は優しくもてなしてくれる。
食事のあと、梅は寝室まで見送ってくれた。
「鎖子お嬢様、九鬼兜様に連絡を入れて良かったですよね。まさか御当主自ら鎖子お嬢様を助けに来てくださると思っておりませんでしたが……良かったです。良かったです」
「はい。九鬼兜様には本当に危ないところを助けていただきました。梅さん、ありがとうございました」
「明日は婚儀です……ゆっくりお休みくださいませね」
少し心配そうにして、梅は部屋から出て行った。
最上級のシルクの寝具。
寝室にも飾られた薔薇の香り。
ベッドの枕元には、可愛いうさぎのぬいぐるみまであった。
「まぁ、昔大好きだったミミちゃんにそっくり。偶然かしら。可愛いわ」
愛蘭に切り裂かれたぬいぐるみを思い出す。
あの時も、要が慰めてくれた。
大切だったミミちゃんが、まるで帰ってきてくれたようだ。
抱き締めて、ベッドに入る。
「ふかふか……あったかい……」
今日だけでも、卒業式に折檻、将暉の非道な仕打ちに……要の迎え。
一日に起きた事とは思えない。
もう要の屋敷にいるだなんて信じられない。
変な緊張と、戸惑い。
でも、あの暴力と絶望の家から解放され、温かい布団に包まれ……。
「……要様……」
鎖子は、いつしか眠りについていた。
明日の夜……要との婚儀。
罰の執行を、しなければならない。
さすがの五大・名門華鬼族家といえる立派な佇まい。
豪華な玄関を開けて、大広間に入る。
数人のメイドと使用人が頭を下げて、鎖子も慌てて頭を下げた。
岡崎が何かを指示している。
「さぁ、お疲れでしょうから、まずはお部屋へ御案内致します」
「あの岡崎様」
「鎖子様、岡崎とお呼びください。遠慮など必要ありません」
「は、はい……岡崎さん。これから、どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。梅さん、鎖子様の部屋でのお世話を頼んでもよろしいですか」
「もちろんです。今まで何もできなかった分、鎖子お嬢様のお世話をたっくさーん! させていただきます!」
梅が、生き生きとした笑顔で握りこぶしを見せた。
「梅さん、私なんかに着いてきて本当によかったのですか?」
「もちろんです……長年何もできず、見守ることしかできなかった私を許してください。死ぬまで鎖子お嬢様にお仕えしたく存じます」
あの屋敷で悔しい思いをし続けたのは、鎖子だけではなかったのだ。
「そんな……! 梅さんがいなかったら、私はあの屋敷で生きてこれなかったです。自分のことは自分でできますから、梅さんこそのんびり過ごしてほしいです」
「鎖子お嬢様のお優しいことと言ったら! あいつらに爪の垢を飲ませたい……! 岡崎さん、お嬢様はこういう御方ですので、グイグイお世話をお願いしますよー!」
「はい、十分に理解いたしました」
岡崎は、二人のやりとりを見て微笑む。
長い廊下を抜けて、可憐な装飾がされた一枚のドアを開けて部屋に案内される。
「え……あの……此処は?」
「鎖子様のお部屋でございます」
豪華絢爛な部屋だった。
高い天井には可憐なシャンデリアが輝き、絨毯は唐草模様が美しく柔らかい。
花模様の入ったスェードのソファには、レースのクッションが置かれている。
部屋は暖かく、花瓶には綺麗な薔薇が飾られていた。
「……こんな素敵なお部屋は私には……もったいないです」
「何をおっしゃいますか。貴女様は要様の奥方様。ですから当然のことでございます。それでは、お茶をお持ちいたします」
「あ、鎖子様は夕飯もお召し上がりになっておりません。何か軽い食事も、お願いします!」
梅さんが慌てて岡崎に伝えた。
「えっ。あの私は梅さんから頂いた、紅白饅頭がありますから、それで大丈夫です」
自分で用意していたボストンバッグには、要からのプレゼントや梅からの紅白饅頭も入れてきた。
「あんっな小さなお饅頭でお腹いっぱいにはなりませんよー! 岡崎さん! 食事も!」
「でも……申し訳ないです。突然こんな夜に……」
「まだまだお若い方がそれだけでは足りませんでしょう。お食事の用意も致しますね。梅さんには隣の使用人用和館に部屋が用意してありますが、今はこちらで鎖子様のお世話をお願いします」
「岡崎さん、お嬢様のお支度のことで色々とお聞きしたいことが」
「はい。ではこちらでお伺いします」
梅は岡崎と何やらヒソヒソと話している。
豪華なソファに座ることもできずに、立ったまま梅を待つ。
梅も岡崎に部屋での設備を色々と教えてもらい、礼を伝えて岡崎は出て行った。
「まぁ! 何を棒立ちになって! ソファにおかけください!」
「い、いいのかしら。こんな贅沢な部屋」
「鎖子お嬢様のお部屋ですからね! こちらのお部屋にお風呂があるそうですよ! 新しい寝間着もタオルも何もかも用意していただいております!」
「まぁ……お風呂は入りたいです。嬉しいです」
汚い将暉に触れられた鎖子は、身を清めたかった。
「お嬢様……やはり医者を頼みましょうか」
「いえ、大丈夫です。治癒術はもう済ませてあって……疲れているだけです」
「そうですか。必要な物があったら仰ってくださいね」
「はい。ありがとうございます」
食事が届く前に、まずは身を清めることにした。
「すごいわ」
風呂の他にも、衣装室には沢山の洋服、ドレッサーには良い香りの化粧水は乳液が用意されていた。
「すべてが豪華……ありがとうございます……」
しっかりと身体を洗ったあとは、梅に教えられて初めて化粧水を使った。
天使のようなシルクのネグリジェを着せられた鎖子。
青白かった頬が、ほんのりピンクに染まっている。
身体はしっかり温まって、お茶とおにぎりと卵焼き、そして具沢山の味噌汁が用意されていた。
「とても美味しいです。こんなに美味しくて温かい料理は久しぶりです」
岡崎は、鎖子の言葉に驚いた顔をしたが優しく『それはようございました』と頷く。
「岡崎さん、九鬼兜様は何時頃にご帰宅でしょうか? 改めてお礼をお伝えしたく……」
「要様のお戻りは深夜かと思われます。気になさらずゆっくり休むように言われておりましたので」
「深夜に……お忙しいのですね。明日の婚儀は、予定どおりですか?」
「予定どおり、明日の夜に執り行われます」
婚儀と言っても、誰も祝うことのない結婚だ。
九鬼兜家から見れば疎ましい存在の鎖子。
此処では忌み嫌われて過ごすことになると思っていたのだが……贅沢な部屋に、温かい料理。
何より、岡崎は優しくもてなしてくれる。
食事のあと、梅は寝室まで見送ってくれた。
「鎖子お嬢様、九鬼兜様に連絡を入れて良かったですよね。まさか御当主自ら鎖子お嬢様を助けに来てくださると思っておりませんでしたが……良かったです。良かったです」
「はい。九鬼兜様には本当に危ないところを助けていただきました。梅さん、ありがとうございました」
「明日は婚儀です……ゆっくりお休みくださいませね」
少し心配そうにして、梅は部屋から出て行った。
最上級のシルクの寝具。
寝室にも飾られた薔薇の香り。
ベッドの枕元には、可愛いうさぎのぬいぐるみまであった。
「まぁ、昔大好きだったミミちゃんにそっくり。偶然かしら。可愛いわ」
愛蘭に切り裂かれたぬいぐるみを思い出す。
あの時も、要が慰めてくれた。
大切だったミミちゃんが、まるで帰ってきてくれたようだ。
抱き締めて、ベッドに入る。
「ふかふか……あったかい……」
今日だけでも、卒業式に折檻、将暉の非道な仕打ちに……要の迎え。
一日に起きた事とは思えない。
もう要の屋敷にいるだなんて信じられない。
変な緊張と、戸惑い。
でも、あの暴力と絶望の家から解放され、温かい布団に包まれ……。
「……要様……」
鎖子は、いつしか眠りについていた。
明日の夜……要との婚儀。
罰の執行を、しなければならない。