鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
朝に・2
朝の鍛錬なのか、和服姿で竹刀を振ったあとのようだ。
ゆっくりと、要がこちらを見た。
心臓がドキリと高鳴る。
「あっ……九鬼兜様……あの、あの……おはようございます」
「あぁ。おはよう」
「お邪魔をして申し訳ありません……あの勝手にお庭にも入ってしまって、ご無礼をしてしまいました」
鎖子は思い切り頭を下げる。
「構わない、謝る必要はない」
美しい顔は、無表情なままだ。
「……あの、昨日は助けて頂いて、ありがとうございました」
あのまま将暉の思うままにされていたら、どんな朝を迎えていたのか想像するのも恐ろしい。
更に要への感謝の気持ちが湧く。
「お前はいつも、あのような仕打ちを受けていたのか」
「あっ……えっと……あの、はい……すみません……」
子供の頃から変わらない、虐げられ続けていた惨めな自分を知られてしまった。
「謝る必要はない。……いつも自分で治癒をしていたのか?」
「は、はい……」
「治癒力を扱えることは見事だ。だが……」
「は、はい」
何を言われるのだろう、と少し身構えてしまった。
愛蘭達からの虐待で、身についてしまった反射だ。
「医者を呼ぶから診てもらってくれ。血が足りていないように見える、薬も用意してもらうといい」
「えっ……」
「顔色があまりよくない」
青白い顔で、貧弱な身体だと自分でも思っていた。
「はい。昨日から、ご、ご迷惑ばかりおかけして……本当に申し訳ありません」
「医者を呼ぶくらい迷惑などではない。……昨日は、俺が勝手に迎えに行っただけだ」
「あの……昨日のことで、何か連絡が来たりはしておりませんか?」
何より気になるのは、要が更に罰されないことだ。
「あんな些細な事、何か言われることはないだろう。殺されなかっただけありがたいと思うだろう。逆に、将暉を訴えたいか?」
「い、いいえ! 訴えたいとは思っておりません。九鬼兜様の名誉に傷がつかないのであれば、それで良いと思っております」
「名誉などどうでもいいが、鎖子の気持ちに従おう」
「……ありがとうございます。九鬼兜様」
鎖子はまたしっかりと頭を下げる。
要は、首から下げていた布で額の汗を拭った。
「鎖子」
「は、はい!」
「お前も今日から九鬼兜になるのだが、それでも俺をそう呼ぶのか」
「えっ? あ……っすみませ……」
「要でいい」
「はい……要様」
名前で呼んでもいいと、言われた。
様を付けて呼んでも、要は少しの間沈黙した。
しかし、それ以上は何も言わなかった。
「それと」
「は、はい。なんでしょうか」
「卒業おめでとう」
「えっ……あ、ありがとうございます」
「では、今夜はよろしく頼む」
「は、はい……!」
そう言うと、要は庭から出て行った。
緊張でどもってしまって、恥ずかしい。
言い方は淡々としていても、言っている事はすごく優しくて……。
彼が死神で、冷徹……?
絶対に嘘。
すごくすごく優しい人……。
今更、心臓がドキドキしてきてしまう鎖子。
昨日のことは、些細な事……。
ではあの要が犯した謀反とは……一体なんなのか?
聞くことはできなかった。
朝食は鎖子の部屋に運ばれ、要には会えなかった。
梅は鎖子の綺麗なワンピース姿を見て、嬉しそうに笑った。
梅もメイド服を着ていて、仕事を覚えると言って出ていってしまう。
鎖子の様子を伺いに、岡崎が部屋を訪ねてきた。
「お茶をお持ちいたしました。朝食はお気に召しましたか?」
「はい。とても美味しかったです」
「それはそれは、ようございました」
「あの……要様は、今は洋風のご飯の方がお好きなのでしょうか?」
「そんなことはございません。本日は洋風にいたしましたが、和食もお召し上がりますよ」
「要様は……だし巻き玉子は、お好きなままですか?」
「よく御存知で! 要様の好物でございます」
「そうですか……よかった。それなら私も作れるかしら……いえ、あ、ありがとうございます」
「とんでもございません。紅茶と砂糖菓子をお持ちしました。こちらは要様の留学先のお土産でございます」
「まぁ、留学先の? それを私などが頂いてよろしいのでしょうか」
「鎖子様へのお土産でございますから、当然でございます。こちらはストールでございますが、これも要様が留学先で購入されましたプレゼントでございます。今日は雨で冷えますのでどうぞお使いください」
「私に……?」
婚姻が決まったのは、要が帰国し謀反をした後だ。
帰国前に、鎖子へのプレゼントを用意していてくれたというのか。
いや、相手を決めずに購入した土産物かもしれない。
自分は既に、二年前に嫌われている……でも、それでもじわりと鎖子の胸に嬉しさが滲む。
「要様には、今日はいつお会いできますか?」
「婚儀の時にお会いできますよ」
「その時に御礼を伝えたいです……。とても素敵です。岡崎さんも色々とありがとうございます」
「もったいないお言葉です。私には、なんでもお申し付けくださいませ」
雨が強くなって冷えてきたが、ストールを羽織ると温かい。
昼前には、要の言ったように鬼人専門の医者がやってきた。
血や栄養が足りていない事を指摘され、毎夜の治癒で鬼人がもつ鬼妖力も減っていると伝えられた。
実家での生活を続けていれば、鎖子は衰弱死していたかもしれない。
「鎖子お嬢様のお身体の状態で、鎖の儀を行っても大丈夫なのでしょうか」
梅が心配そうに、医者に尋ねる。
鎖の儀……。
要の鬼妖力を減退化させる儀式。
医者も、眉を潜め息を吐く。
「鎖の儀の身体的負担が、私にはわかりかねますのと……日程をずらす事は不可能ではないかと」
「梅さん。私は大丈夫です。こういう状態も長年でしたから、慣れておりますし」
「要様にはお伝えしておきます。とりあえずこの血を増やす薬と、鬼妖力を少し補うをお飲みください。あとは沢山食べて、よく眠り、しっかり休んでください」
至極当たり前の事を言われてしまう。
医者が部屋から出て行ったあと、昼食は沢山の果物や野菜に肉など盛りだくさんだった。
鎖子もすっかり食が細くなってしまっていたが、なんとか食べる。
「鎖子様。今夜の婚姻の儀のために午後からは、支度を致しましょう」
「わかりました」
やせ細った、貧素な身体だと自分でも思う。
鎖の儀は、身体を重ねる事。
要に抱かれるという事だ。
自分などを嫁にして抱かねばならないし、高めた力は減退させられる。
まさに罰。
どれほどの屈辱だろうか……。
きっと今まで以上に、嫌われるだろう。
想い人を苦しめ、嫌われる。
それが鎖子にはたまらなく辛かった。