鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
婚儀・1
夜が更け、婚儀の時間が迫ってきた。
婚儀は、五大家が集まる統率院で行われる。
雨のなか、梅とメイド達と馬車に乗って統率院へ向かう。
「要様は、どちらに?」
「要様は軍部から、直接統率院へ向かうとのことです。儀式でのお顔合わせになりますね」
「婚儀で……」
要はどんな気持ちでいるのだろうか。
緊張が高まるように、雨も強くなっていく。
「すごい神殿だわ」
「鎖子お嬢様、酷い雨です。濡れませんように早く早く」
松明で灯された門をくぐって、統率院に入った。
統率院は、和風神殿であり『五大家統率院組織』と同じ名前だ。
五大家の会議や祭り事が行われるため、部屋数も沢山ある豪華な神殿である。
鎖子は、着付けや化粧をする控え室へ案内され準備が始まった。
梅や九鬼兜家のメイド達に、花嫁衣装を着せられる。
もうただ着せられ、化粧をされ、人形のようになる時間が過ぎた。
「鎖子お嬢様、とてもお美しい!」
「おきれいですー!」
「あ、ありがとうございます……」
初めての化粧をすれば、女達でもうっとりするほど美しい。
「自然なおしろいに、ふんわりした頬紅に口紅、九鬼兜家のメイドさん達はお化粧も流行最先端ですねぇ!!」
「ふっふっふ! 九鬼兜家のメイドは世界一です! な~んて、要様が私達にも流行りの化粧品をお土産でくださったんですよね! あ、これは鎖子様の化粧品なので、お部屋にお届けいたしますから安心してください」
梅がメイド達を褒めると、皆が笑って胸を張る。
明るい梅やメイド達が話しかけてくるおかげで、緊張も少し和らいだ。
「こんなに素敵なお化粧して頂いたから、少しはマシになったかと思って嬉しいです」
鎖子はこれで、青白い顔もごまかせるだろうかと安堵した。
「鎖子お嬢様は化粧しなくても、お綺麗なんですよ。でも今日の鎖子様は特別にお綺麗」
髪は自然に結ってもらい、綿帽子をふんわりと被せられた。
婚儀と言っても、五大家の当主が同席するだけで、二人を祝福する参列者などはいない。
梅達の参列も許されなかった。
「それでは婚儀が始まります。鎖子様こちらへ」
「はい」
「鎖子お嬢様、おめでとうございます」
「鎖子様、おめでとうございます!」
「……ありがとうございます……」
梅とメイドの祝福に、鎖子は頭を下げた。
祝ってくださいと、梅には言った。
でも、要にとってはただの罰。
今、鎖子は婚儀に対して、どう感じていいのかがわからないでいた。
花嫁姿の鎖子が、摺り足で歩く。
雅楽の演奏のなか、社殿に向かって境内を進んだ。
緊張しながら、社殿へ向かうと要が待っていた。
九鬼兜家の紋付き羽織袴を着ている。
一段と彼の凛々しさが際立って、鎖子は目を奪われる。
一瞬、見つめ合ったがすぐに視線は声かけによって二人は言われた場所に立つ。
五大家当主。
金剛家
酔雨家
摩里多家
そして柳善縛当主代理の叔父
この四人も既に参列席に座っていた。
神主ではなく、鬼人一族による、鬼神祈主が婚儀を務める。
特殊な鬼神信仰の手順で進み、最後に二人で酒を交互に飲み交わした。
鬼神祈主の言葉に、鎖子も要も深く礼をする。
鬼神に、祈り誓う。
儀式が終わった。
鬼祈主や巫女達が去っていく。
これで要と鎖子は夫婦になった。
しかし祈りも誓いも、言葉を繰り返しただけで実感がない。
鎖子と要は、三家当主の前に正座して座った。
「九鬼兜家当主よ。お前には犯した罪があり、これから断罪を受け、更に五大家追放ではあるが、まぁ結婚おめでとうさん! ガッハッハ!」
金剛家当主、金剛勝時が静かな儀式を笑い飛ばす。
金剛家当主の勝時は、巨漢でヒゲの坊主である。
帝国の対妖魔軍大将も兼任し、もう六十は過ぎているが、その戦闘能力もずば抜けたものらしい。
ギラギラとした瞳で、白無垢姿の鎖子を見て、酒を飲み、また要を見る。
「昨夜は、俺の息子の将暉に随分と手荒くしてくれたそうだが?」
「あれでも優しくしてやったのです。私の罪を増やしたいのでしたら、どうぞ。鞭打ちでも、減俸でも降格でもお好きになさるといい。ただし彼には何をしようとしていたか再度お尋ねしたい」
横で聞いていた鎖子は、青ざめる。
鞭打ちに減俸に降格!?
要がそんな目に合うことになってしまったら……。
「ガッハッハ! あいつも、名残惜しくて鎖子姫に挨拶したかったのだろう! 少しやんちゃな部分が残っているからな! まぁいい。美しい嫁さんを貰ったと舞い上がらずに、今回受けたお前の罪をしっかりと償うのだぞ!」
「……は……」
無表情で、感情もないように要は答える。
大笑いして、金剛は酒を飲む。
鎖子は、昨夜の件が流された事に安堵した。
しかし金剛は何度も要の罪だ罰だと、しつこくうるさい。
要の罪とは一体なんなのだろう。
「鎖子、結婚おめでとう。お父さんは嬉しいよぉ」
叔父が嬉しそうに笑う。
お父さん? そんな言い方をされたことは一度もなかった。
あまりにも不気味だ。
「あ、ありがとうございます」
愛蘭があんなに怒り狂っていたのに……。
昨夜のことなど、知らないような上機嫌さだ。
「娘二人が嫁ぐことになり、柳善縛家の名は失くなるが……それでもめでたい。私が最後の柳善縛家当主としてこの名を守っていくから安心してくれなぁ」
こんな事を言っているが、この男に柳善縛家の血など入っていない。
どこで何をしていたのかもわからない、旧姓も知らない、チンピラのような男だ。
「これで九鬼兜家とも親戚、いずれは金剛家とも親戚。いやぁめでたいめでたい! 私のことをお父さんと呼んでくれたまえよ。要殿! これから初夜だ! しっかり鎖子を抱いてやってくれ! いや、抱かれるのかな? はははは!」
「……はい」
要が静かに答える。
なんて下品な事を言うのかと、鎖子は目眩がした。