鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

婚儀・2

 
 更に、叔父は笑う。

「めでたいめでたい! 鎖子、お前はしっかり初夜で務めを果たすんぞぉ!」

「は、はい……」

 恥ずかしい。
 綿帽子で隠れているが、鎖子の顔色は青ざめていることだろう。
 要も不快に思っているに違いない。
 
「……なんだろうね、この茶番。儀式が終わったのならば、僕は帰ります……おめでとう? でいいの?」

 金剛勝時よりは年下の中年男性、酔雨(よいさめ)家当主が立ち上がった。
 酔雨家は金属加工などの技術に長けた一族で、今は製造業の会社を設立している。
 帝国軍へ納品はしているが、軍部との関わりはない。
 
「祝っていいのかわからないですしね……それではあとはよしなに」

 摩里多(まりた)家当主は中年女性。立ち上がって帰ろうとする。
 摩里多家は人と鬼人の心を繋ぐ芸術面で活躍した一族で、逆に武芸には秀でてはいない。
 最近では劇場を作り、一般市民の娯楽を提供し大人気だという話だ。

 なのでこの両家は軍事や政治などには、あまり興味がないようだ。
 要の断罪など、どうでもよいことらしい。
 
「おいおい! お前ら! 九鬼兜への断罪執行の場面を見ないつもりか!?」

 勝時が、野太い声で言い放つ。

「……見るって、一体……初夜を? さすがにそれは、金剛殿にお任せ致しますよ」

 酔雨家当主が、さすがにギョッとした顔をする。

「若い二人の初夜を覗ける余興を見ないのか!? わっはっは! もったいない!」

「私もお任せ致します……初夜覗きの趣味はありませんので」

 摩里多家当主も、眉をひそめた。

「……の、覗く……?」

 鎖子はゾッとした。
 まさか、金剛は二人の初夜に居座るつもりなのか……。

「鎖子、お父さんは、鎖子の初夜が楽しみで仕方ない」

 叔父はヨダレを垂らしそうな目で、嬉しそうにしている。
 あまりの気持ち悪さに、鎖子は倒れそうになるのを必死で耐えた。

「金剛殿。鎖の儀の証は私の身体にも刻まれることでしょう。それを見ての確認で十分かと」

 要が、金剛に言う。

「ほお? 重罪人のお前が、また統率院(とうそついん)に難癖をつけるのか」

「統率院と申しましても、酔雨(よいさめ)家と摩里多(まりた)家のお二人は既に退出される意向です。私が罪人だとしても、柳善縛家当主は違う。辱めを受ける筋合いはない……鎖の儀も百何十年年ぶりに行う儀式だが、五大家当主達が覗き見る決まり事などはないはずだ……!」

「ふはははは! よく勉強したものだな! 妻の身体を他人に見せたくはないか!!」

「当然のことです。罪の一つもない柳善縛家当主には、しっかりと敬意を払っていただきたい」

 数秒、にらみ合う二人。
 要は一歩も譲る気はない様子で、殺気が滲み出る。
 金剛がふっと笑った。

「では立ち会いはやめておこう……だが、明日には証拠を必ず見せてもらうからな!!」

「えぇ金剛殿……立ち会いできないのですか……それはそれは……なんとも……はぁ」
 
 金剛の取り決めには、叔父も反論できないようだったが、心底がっかりした顔をした。

「確認も、私だけでよいでしょう」

「鎖子姫には、女医を寄越す。しっかりお前が罰を受けたかを確認しなければな! なんとも酷いお前の罪への罰を……」

 罪と言いながらも、愉快そうに金剛勝時は笑う。
 
「繰り返しますが、柳善縛当主家には、最大の配慮をお願いします」

「それはわかっておるわ!! ガッハッハ!! 何故なら鎖子姫も、いつか我が家族になるのだからな!!」

 息子の将暉と愛蘭が婚姻すれば……確かに鎖子も遠い親族だ。
 そんな関係は嬉しくもない、悪寒しかしなかった。

「柳善縛家の名は消えるが……まぁ……まぁめでたいめでたい! 結婚おめでとう!! ガッッハッハ!! では! 鎖子姫、しっかり頼んだぞ!! 統率院からの許可が出るまで避妊もしっかりしてくれ!!」

「は、はい……」

「鎖子ぉ……残念だ。なんてことだ……しかし明日の確認はきちんと受けるんだぞ。薬も必ず飲むんだぞ」

「は、はい……」

 鎖子は、頭を下げた。
 避妊まで、言われ更に悪寒がする。
 金剛は笑いながら、叔父は何度も名残惜しそうに振り返りながら去って行った。
 鬼祈主達や雅楽隊も既にいない。

「鎖子、気分が悪かっただろう。大丈夫か」

「……はい……」

 そこに黒装束を着た四人が、座ったままだった二人の前に現れる。
 戸惑い怯えた鎖子の前に、要が立つ。

「なんだお前たちは」
 
「九鬼兜御夫妻。私達は『鎖の儀を見守る者』でございます」

「あぁ。ご苦労。しかし見守りは不要だ」
 
「それでは、本日はお二人に過ごして頂きます、桜の間に参りましょう。お食事が用意してあります」

「わかった。案内を済ませたら、もう俺達だけにしろ。覗き見も聞き耳も立てるな。ここから出て行き、明日の朝に来い」

 黒装束の四人は、目配せをする。

「それでは貴方様には無駄なことだとわかっておりますが、結界を張らせていただきます」

「結界は勝手にしろ。逃げる気などない」

 守るための結界ではなく、要が逃亡しないようにの結界だろう。
 
「それでは明日に儀が済んだ証明を取りに参ります」

 四人が去っていったので、安堵する鎖子。
 しかし、神妙な面持ちの要。

 これから……初夜……鎖の儀を行わなければならない。

< 20 / 78 >

この作品をシェア

pagetop