鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
要の気遣い・1
要を見送った鎖子が風呂に入ると、鎖のような文様が確かに腹に浮き出ていた。
湯船に浸かった自分の裸を見るだけで、昨日の事を思い出す。
紅く情熱的な瞳、要の唇に舌の感触、混ざり合う吐息、逞しい胸元……
熱い体温、大きな手に、優しい愛撫……激しく名を呼び合った瞬間……。
「私ったら、変になってしまったみたい……思い出してしまうわ……」
湯船に浸かって、真っ赤になってしまう。
無垢な鎖子にとっては、相当に衝撃的な行為だった。
叔母が言ったように、本来は一人に嫁いで罪人を縛るようなものではない。
騒乱の時代には、多くの謀反人に対して、鎖の儀を執行した当主もいたらしい。
違う男に抱かれ続ける……。
儀の全てを知った今では、ゾッとする。
でも今は、要の妻になることができた。
だからもう、他の男に抱かれる心配は、ない。
そして柳善縛家も、跡取りがいなくなる。
執行官の役目は、鎖子の代で終わるのだ。
金剛の策略なのか……権力や金絡みで、二人を夫婦にさせた?
……叔父も絡んでいそうだが謎だ。
ただ、鎖子は罰としての結婚でも、愛する人の傍にいられる事を今は幸せだと、感じようと思う。
でも要は、鎖子に辛い思いをさせたと思っているに違いない。
そして、きっと……役目を終えた鎖子を、旧知の情けで保護しているでは? と思った。
愛ではなくて、ただの同情……憐れみ。
だから、あんなにも優しく気遣って……体の距離は離れているのではないかと……。
多分心も……離れて……要に好かれてなどいない。
「私は……要様が大好きなのに……」
風呂場に響く、独り言。
夫婦なのだから、この想いを伝えても許されるのでは……。
でも、迷惑だったら?
嫌悪される可能性は多いにある。
それなら大人しく、飾り妻として生きていくべきなのだろうか。
「……少し……疲れたわ……」
少しだけ眠ろうとベッドで横になった。
気付けば昼もすっかり過ぎて、梅が心配そうに遅い昼食を持ってやってきた。
「鎖子お嬢様、儀式のあとで……お体の方はいかがですか?」
「だ、大丈夫です」
皆が儀式の事を知っていると思うと、なんだか恥ずかしい。
「お嬢様、要様からの言伝を預かってきました」
梅が微笑んで言った。
「えっ、要様はなんて伝言をされたのです?」
「自分の書斎で、暇つぶしをするといいとの事です」
「要様の書斎で……?」
「はい、鍵をお預かりしておりますよ」
アンティークな鍵を渡され、つい鎖子は握りしめてしまう。
温かさを鍵から感じてしまう。
「では、支度をいたしますね」
「お嬢様、今日はワンピースをお召になってはいかがです?」
「あの持たされたワンピースですか?」
鎖子の唯一のワンピースといえば、嫁入り道具のワンピース一枚しかない。
「まさか! あんな古着は塩撒いて捨てましょう! 要様が、色々とご用意してくださっております! すごく可愛いお洋服に素敵なお着物に! モガモガ!! うふふ、皆がお嬢様のお支度するのを楽しみにしております」
「モガ……? そんなに沢山私のために……要様は本当にお優しいです」
自分に罰を与えて役目を終えた女なのに……沢山の気遣い。
彼は、やはり冷徹なんかじゃない。
紅色で膝丈の上品なワンピースを着て、髪をハーフアップに結ってもらう。
大切な宝物のリボンを付ける。
愛蘭に見つかれば奪われてしまうと、身につけるのは初めてだった。
「まぁ帝国一の美しさ」
「梅さんったら。このリボンがとても美しいんです」
「えぇ。要様の瞳の色のようで、鎖子お嬢様にお似合いですよ」
「嬉しいです……要様の瞳の紅色はとってもとっても綺麗だから」
館の皆が、ワンピースを着た鎖子を見ると微笑み挨拶してくれる。
皆が今日も優しい。
「鎖子様、こちらが要様のお部屋です」
岡崎に連れられて、要の部屋に来た。