鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

要の気遣い・2

 要の部屋に入って、書斎に案内された鎖子。

「すごい本の量ですね……図書館みたいです」

「こちらの本棚ですね。鎖子様がきっと気に入るだろうとのことでした」

「あ、これは……『怪盗探偵ロックハーン・シリーズ』……!」

 鎖子が思わず目を輝かせた。
 子供の頃に大好きだった小説だ。
 図書館にあって、何度も読んだ第一巻『怪盗探偵ロックハーン・登場』
 
 でも愛蘭達の嫌がらせで本は隠されてしまった……。
 あの時、要も一緒に探してくれたのを覚えている。
 でも結局、本は行方不明になり、鎖子が反省文を書かされそうになった。
 その時も要が教師達に異議を唱えてくれたので、鎖子は冤罪を免れた。

 何度も頭を撫でて慰めてくれた。

 大好きな『怪盗探偵ロックハーン』が、悲しいだけの思い出にならなかったのは、彼のおかげだ。

「最新刊まで揃っているわ……すごい……」

「はい。どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ。お茶をお持ち致します」

「で、でも……私も何か働かなければ」

「鎖子様は、要様の奥方様という立派なお仕事をお勤めされております。此処でゆったりのんびり過ごされる事が貴女様のお仕事ですよ」

「ゆ、ゆったりのんびりが……?」

「左様でございます」

「あの……」

「なんでしょう?」

「私が、要様を罰したのに……岡崎様も、皆様も、私が憎くはないのでしょうか……」

「鎖子様は拒否することもせずに、要様の元に嫁いで来てくださいました。私達にとっても、貴女様は大切な九鬼兜家の花嫁です」

「岡崎さん……花嫁としての務めをしっかりと果たしたいと思います……」

「それでは花嫁として、ロックハーンをしっかりとお楽しみくださいませ」

「まぁ」

 鎖子が微笑む。

「それではお茶をお持ち致します」

 岡崎はにこりと微笑んで出て行った。
 このスペースは小説の棚らしく、全て面白そうな本ばかりだ。

「要様、私が好きな本を覚えててくださったんだわ……」
 
 少しだけ……という気持ちで読み始めたのだが、幼い頃から読書が大好きだった鎖子は夢中になって読んでしまった。
 日頃、家仕事ばかりさせられて本を読む暇もなかった。
 気付いた頃には、淹れてもらった茶は冷めて、部屋が暗くなってきた頃だ。

「あ……」

 馬車の音も何も聞こえなかったが、鎖子には要が屋敷内に入った事がわかった。
 彼の力を縛る鎖子には、彼を感知する力が湧いたようだ。
 
「要様……!」

 鎖子は、要を出迎えようと要の部屋から出る。
 パタパタと広い屋敷内を急いで、早足で歩く。
 毎日、実家で怒鳴られ急かされていたので走るまではいかない早足が、鎖子はすっかり身についていた。

 出迎えなどして、怒られるだろうか?
 でも、鎖子が早く彼に会いたかった。

 馬車に気付く誰よりも、鎖子は玄関に着いて、そして扉を開ける。

 重い扉が開くと、ちょうど広大な庭先に小さく馬車が見えた。

 そして馬車が停まって、要が降りてきた。

「鎖子?」

「か、要様、おかえりなさいませ」

 ぎこちないかもしれないが、精一杯の笑顔で要を出迎えた。
 
 馬車から降りてきた要は、驚いた顔をした。
 御者には戻るように指示を出して、要は辺りを見回した。
 いつもは馬車の音を聞いて、集まってくる屋敷の者達はいない。

「ただいま」
 
 要は革手袋を脱いで、鎖子の頭を撫でようとした……?
 ……が手を引っ込めた。

「要様……」

 ズキリと痛む心。

「……いや、出迎えありがとう……」

「はい……おかえりなさいませ……要様」

「身体は大丈夫か?」

「はい」

 何度も気遣ってくれる、優しさ。
 でも触れるのをやめた……触れたくないと思ったのだろうか。
 その時、鎖子が感じたのは血の匂い。

「要様! 血の匂いが! お怪我を!?」

「あぁ。村人を助ける際に少しな。気にするほどではない」

「は、早く治療を」

「済ませてある。気にするな」

「だ、だめです……まだ傷は塞がっていないです」

 血の匂いの濃さでわかるのだ。

「明日には治る。さぁ屋敷へ入るんだ。今日は冷える」

 華鬼族は傷の治りも人間の何倍も早い。
 要は特に、早く治す術を知っているのかもしれない。
 ……それでも、やはり心配になってしまう。
 
「はい……」

 力が減退して、なお難しい任務へ駆り出される。
 小説など読んで浮かれていた自分が恥ずかしい。
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