鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
夕飯を一緒に・2
初めての二人での夕飯時間。
ずっと考えていた話を、要に伝えようと思った鎖子だった。
静かに深呼吸してから、話し始める。
「あの、お食事の支度を私もお手伝いしたいのですが……よろしいでしょうか?」
「食事を? 何故だ」
当然のように聞き返されてしまう。
要のために、夕飯を作りたいと思ったからだ。
「あの……」
「お前は女中として此処に来たわけではない。ゆっくり過ごしてくれて構わないのだが」
「ゆ、ゆっくりは十分にしております。あの……ご飯作りを習いたいのです」
どう思われるかわからなくて、『要のためにご飯を作りたい』とは言えない。
「そうなのか……? わざわざ飯炊きをしたいのか……? なぜ……」
要は気難しい顔をしている。
鎖子は、要が気分を害したのではと焦ってしまう。
「こんなにも素晴らしい料理を作れる方の、技術を習いたいと思ったのです」
「……趣味みたいなものか?」
「そ、そうです。はい、お料理をするのは好きです」
要に見つめられて、不安で胸がまたドキドキする。
「そうか……岡崎、料理長に伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
要は、文句など言わずに鎖子の願いをまた叶えてくれた。
「ありがとうございます」
「いや、何かあれば言うといい」
無表情で淡々としているが、優しい……。
ホッとして、笑みがこぼれてしまう鎖子を要が見つめた。
「鎖子お嬢様、良かったですねぇ! 要様のお好きなお料理をお伺いしておくのはどうですか!?」
「えっ」
「なに」
梅の大声に、要も鎖子も驚く。
しかし鎖子にとっては、嬉しい提案だった。
「は、はい。要様のお好きなお料理を、是非知りたいです!」
「俺の好物を?」
「はい、教えてくださいますか? ……まずは卵焼きを美味しく焼けるように、習いたいと思っているのですが」
卵焼きと聞いて、要は少し驚いたようだった。
「……では、卵焼きを頼む」
「はい! お出汁の卵焼きでよろしいでしょうか?」
「あぁ、それが好きだ」
「美味しく作れるように頑張ります!」
やっぱり子供の頃と同じ好物。
鎖子は嬉しくて、幸せを感じながら夕飯を食べ終えた。
しかし、夕飯後。
「それでは。あとは好きに過ごしてくれ」
「は、はい……」
要は無表情のままで、好きに過ごせと言われ要は部屋に戻ってしまった。
鎖子はその後ろ姿を見送るしかない。
「鎖子お嬢様」
「梅さん」
梅が鎖子に優しく声をかけた。
「要様のお部屋へお茶をお持ち致しますので、鎖子お嬢様も要様のお部屋でおまちください」
「えっ……でも」
「食後のお茶でございますよ。要様にそう要様にお伝えして、お待ち下さいね」
「は、はい……!」
鎖子は要の部屋に来た。
皆に気を遣われているのをすごく感じる。
ノックをすると、すぐに要が出てきた。
「鎖子、どうしたんだ?」
「あの、要様のお部屋に行くように言われまして……」
「……俺の部屋に……? あぁ、まだ本を運んでいなかったな」
要は岡崎に、本を鎖子の部屋へ運ぶように言ったが、まだ運ばれていなかった。
だが鎖子の目的は、本ではない。
「いえ、お茶をお持ちするので私も待つようにと……」
「茶か……」
「……お忙しいでしょうか? お、お邪魔ですよね。すみません」
「邪魔ではない。少し書類仕事があるから、それを片付けるだけだ」
「あの……私に、何かお手伝いできることはありますか?」
「なにもしなくていい。本を読んでいたらいい……」
「は、はい」
重厚なデスクの椅子に座り、要は書類に目を通し始めた。
鎖子は読んでいた本を手にとったが、要の端正な顔をつい見つめてしまう。
あまりに遠く感じてしまう、美しい男。
見惚れて、胸が高鳴る。
「……俺の顔に犯人の名前でも書いているか?」
「あっ……」
視線に気付いていた要に言われて、真っ赤になって目を本に落とす鎖子。
クスリと要が笑った。
その優しい微笑みに、鎖子は更にドキドキしてしまう。
「コンコン! 失礼します~! 要様、鎖子お嬢様~お茶をお持ちしましたよ~」
明るく梅が、ティーセットを乗せたワゴンを押してやってきた。
「梅さん、ありがとうございます。あとは私が致します」
「鎖子お嬢様のお茶はそれは美味しいございますからね~。それでは、このあとのおやすみの支度も、鎖子お嬢様にお任せしますね」
梅が嬉しそうに笑って言う。
「えっ」
「なに?」
「お二人のお寝床は、要様の寝室にてご用意しております」
「俺の……? 待て、それは駄目だ。寝室は別だ」
要が、無表情の顔を一転、声を荒げた。
怒っているというより、戸惑っている。
そうだった……と鎖子は思い出す。
好かれているわけは、なかったのに。
さっきまで、要を見て高鳴っていた心臓が、キリキリと痛みだす。
困惑する梅を前に、要の分のお茶を淹れて、書斎机へ運んだ。
「……あの、私も疲れたので自分の部屋に戻って休みます」
ここで、これを言うのが一番だと思う言葉を言った。
「あぁ……そうだな。そうするといい。疲れただろう。梅さん、俺はいいから鎖子の支度を手伝ってやってくれ」
「あらあらあれまぁ……はい、わかりました……」
「茶をありがとう。読んでいた本は持っていくといい。……おやすみ」
優しい言葉。
でも、距離は遠い。
「ありがとうございます……おやすみなさいませ」
読んでいた本を胸に抱いて、鎖子は頭を下げて足早に要の部屋を出た。
「鎖子お嬢様……余計なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
「いいえ、梅さんは悪くありません。普通なら当然のことですよね……。でも私達は普通の夫婦ではありませんから。要様のお気持ちを確認できて……よかったのです」
普通の夫婦なら寝室は一緒で当たり前だ。
でも鎖子と要は違う。
梅が気にしないように、鎖子は微笑んでみせた。
それでも涙が滲みそうだ。
要は、優しい人だから気を遣って優しくしてくれる……。
やはり、そこに甘えてはいけなかった。
でも鎖子にとっては、愛しい人。
身体を重ねたあとでも、彼の微笑みを見るだけで胸が疼く。
理解しなければいけない状況と、自制の利かない想いが心の中でせめぎ合って苦しい。
「……要様……」
無意識に、お腹の呪術紋を撫でてしまう。
夫婦なのに、片想い。
あの鎖の儀の時のように、要に抱き締められたい――そう思ってしまう。