鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
墓参りと鎖子の日常・1
九鬼兜家に嫁入りして数日。
鎖子の両親の墓参りに来た。
柳善縛家から、さほど遠くはない場所の墓地。
しかし鎖子にとっては、久しぶりの墓前だった。
要が用意してくれた、豪華な花束を添える。
「ずっと来ることができなくって……お母様、お父様、ごめんなさい」
柳善縛家で働かされ続け、墓参りも来れなかったのだ。
でも私、結婚しました。と心の中で語りかける。
愛のない結婚……それでも私はこの方を愛しています……と。
「俺は、本来ならば御両親には顔向けできる立場ではないのだが……」
この婚姻が、愛し合う二人で決めたことではないからだろうか?
要は無表情だが、心苦しいような言い方をした。
要にとっては罰なのだから……鎖子は改めて思い、心が痛む。
それでも望んだわけではない花嫁の両親の墓前へ、挨拶に来てくれたのだ。
鎖子は頭を下げる。
「要様……何も気になさらないでください。一緒にお墓参りに来て頂いて、ありがとうございます」
「俺が来たかったんだ。御両親に俺なりの誓いは立てた」
「えっ……?」
要は何を伝え、誓ったのだろうか。
「いや、風が強くなってきた。もう話し終えたのならば行こう」
「はい」
要のあとを着いて、馬車まで歩く。
やはり、寄り添ってはもらえない。
同じ頃に、墓参りに来ていた老夫婦が肩を抱き寄り添っているのを見て鎖子は目を細める。
「どうした?」
「い、いえ」
要が早く帰宅できれば夕飯は一緒に食べるが、同居人のような距離感のまま数日が過ぎた。
そして、朝靄がかかる早朝。
「要様、いってらっしゃいませ」
「あぁ。いってくる」
要は、軍本部へ赴くために軍服を着てマントを羽織っている。
帝国軍人としての要の立場は変わっていない。
だからこそ、鎖子は不安もある。
「今日は軍本部での会議に出る」
「はい……」
「だから戦闘はない。そんなに不安そうな顔をするな」
「はい」
「ただ、まだ俺も帝国に戻ったばかりで軍内部の内情を見極めねばならない。帰りは遅くなるだろう。今日も家では好きに過ごして、飯を食べ、帰りは待たずに寝ていてくれ」
「そ、そんな……」
「何も気遣う必要などない。欲しいものがあれば、岡崎に頼むといい。出かけたい場所があったりするか? 馬車も手配できる」
「いえ、お屋敷におります」
「それならいいが」
友人もいないし、遊び方も知らない。
そんな事よりも、要を待っていたい。
この少しの話せる時間が、鎖子の幸せなのだから。
「では、いってくる」
「はい……いってらっしゃいませ」
馬車に乗ろうとした要が、もう一度鎖子に振り返った。
「しっかり飯を食えよ。無理はするな」
「は、はい」
鎖子は精一杯の笑顔で、要を見送った。
毎日の見送りなのに、妻として好かれているわけではないのに……。
離れるのが寂しいと思ってしまう。
玄関で立ち尽くしていた鎖子に、岡崎が笑顔で話しかける。
「鎖子様。今日はどのようにお過ごしなされますか?」
「ええと……何かお仕事……いえ、あの……今日もどうしたらいいのか……」
戸惑う鎖子に、岡崎は微笑む。
さすがの執事は、もう鎖子の性格を把握しているようだ。
「料理長が、鎖子様が料理を作りたいというお申し出に喜んでおりましたよ。是非、ご一緒にとの事です」
「わぁ! 嬉しいです……! あと、お部屋がいつもピカピカで窓枠のお掃除の仕方も聞きたいですし、お庭の薔薇の美しい咲かせ方も気になっております。要様のお洋服の繕いごとなどはありませんか?」
水を得た魚のように、鎖子が喋りだす。
「……ほっほっほ。鎖子様にはかないませんな。皆にお伝えしておきます」
「ありがとうございます!」
それから鎖子は、九鬼兜家本屋敷洋館の隣にある和館へ行った。
隣の和館が台所や、使用人部屋があるのだ。
「奥様、私が料理長です」
「よろしくお願いいたします。いつもとっても美味しいお食事をありがとうございます」
「なんと、ありがたき幸せなお言葉です奥様」
まだ数回の食事だが、いつも美味しさに感動してしまう。
義両親に支配された柳善縛家では、いつも突然に『あれが食べたい』などワガママ放題。
気に入らなければ皿を投げられる。
突然に『コロッケを作れ』と言われた時は、作り方もわからず、油で大火傷を負うところだった。
そんな思い出は思い出さない! と鎖子は首を振ってエプロンをまとった。
「奥様は、どんなお料理をお作りしたいのでしょうか?」
「要様のお好きなものを、上手に作れるようになりたいんです」
「だし巻き卵ですね」
「はい! 他にもお好きなものはございますか?」
「要様は外国暮らしが長かったのもありまして、洋食もお好きです。パンも毎朝焼いております」
「まぁ、今朝のパンはとても美味しくて感動しました。あのオムレツ? と添えられたお肉も美味しかったです。あれは?」
「あれは、ベーコンという塩漬けをして燻製した肉ですね。ベーコンは要様が、留学先から持って帰ってこられたものです」
一般市民には、まだ食事にパンを食べる習慣はない。
パンと目玉焼きに、ベーコン。
そして紅茶。
部屋で一人での食事だったが、美味しさに感動した。
「紅茶もコーヒーも、外国の甘味や沢山の食べ物を自分のためではなく、使用人達のために買ってきてくださいました! 使用人にですよ!? 要様は本当に素晴らしい御方です」
「はい」
「あの女がいなくなって、本当によかった……あれはワガママばかりで料理を捨て、フォークをメイドの手に刺すなどの……」
「えっ?」
「あ! 申し訳ありません。それではまずは卵焼きの作り方をお教えしますね……」
あの女……?
料理長の苦虫を噛み潰したような顔は、義両親のワガママに振り回されていた女中達の顔そっくりだった。
柳善縛家では、自分も同じ顔をしていたかもしれない。
あの女とは一体誰のことだろうか。
鎖子の両親の墓参りに来た。
柳善縛家から、さほど遠くはない場所の墓地。
しかし鎖子にとっては、久しぶりの墓前だった。
要が用意してくれた、豪華な花束を添える。
「ずっと来ることができなくって……お母様、お父様、ごめんなさい」
柳善縛家で働かされ続け、墓参りも来れなかったのだ。
でも私、結婚しました。と心の中で語りかける。
愛のない結婚……それでも私はこの方を愛しています……と。
「俺は、本来ならば御両親には顔向けできる立場ではないのだが……」
この婚姻が、愛し合う二人で決めたことではないからだろうか?
要は無表情だが、心苦しいような言い方をした。
要にとっては罰なのだから……鎖子は改めて思い、心が痛む。
それでも望んだわけではない花嫁の両親の墓前へ、挨拶に来てくれたのだ。
鎖子は頭を下げる。
「要様……何も気になさらないでください。一緒にお墓参りに来て頂いて、ありがとうございます」
「俺が来たかったんだ。御両親に俺なりの誓いは立てた」
「えっ……?」
要は何を伝え、誓ったのだろうか。
「いや、風が強くなってきた。もう話し終えたのならば行こう」
「はい」
要のあとを着いて、馬車まで歩く。
やはり、寄り添ってはもらえない。
同じ頃に、墓参りに来ていた老夫婦が肩を抱き寄り添っているのを見て鎖子は目を細める。
「どうした?」
「い、いえ」
要が早く帰宅できれば夕飯は一緒に食べるが、同居人のような距離感のまま数日が過ぎた。
そして、朝靄がかかる早朝。
「要様、いってらっしゃいませ」
「あぁ。いってくる」
要は、軍本部へ赴くために軍服を着てマントを羽織っている。
帝国軍人としての要の立場は変わっていない。
だからこそ、鎖子は不安もある。
「今日は軍本部での会議に出る」
「はい……」
「だから戦闘はない。そんなに不安そうな顔をするな」
「はい」
「ただ、まだ俺も帝国に戻ったばかりで軍内部の内情を見極めねばならない。帰りは遅くなるだろう。今日も家では好きに過ごして、飯を食べ、帰りは待たずに寝ていてくれ」
「そ、そんな……」
「何も気遣う必要などない。欲しいものがあれば、岡崎に頼むといい。出かけたい場所があったりするか? 馬車も手配できる」
「いえ、お屋敷におります」
「それならいいが」
友人もいないし、遊び方も知らない。
そんな事よりも、要を待っていたい。
この少しの話せる時間が、鎖子の幸せなのだから。
「では、いってくる」
「はい……いってらっしゃいませ」
馬車に乗ろうとした要が、もう一度鎖子に振り返った。
「しっかり飯を食えよ。無理はするな」
「は、はい」
鎖子は精一杯の笑顔で、要を見送った。
毎日の見送りなのに、妻として好かれているわけではないのに……。
離れるのが寂しいと思ってしまう。
玄関で立ち尽くしていた鎖子に、岡崎が笑顔で話しかける。
「鎖子様。今日はどのようにお過ごしなされますか?」
「ええと……何かお仕事……いえ、あの……今日もどうしたらいいのか……」
戸惑う鎖子に、岡崎は微笑む。
さすがの執事は、もう鎖子の性格を把握しているようだ。
「料理長が、鎖子様が料理を作りたいというお申し出に喜んでおりましたよ。是非、ご一緒にとの事です」
「わぁ! 嬉しいです……! あと、お部屋がいつもピカピカで窓枠のお掃除の仕方も聞きたいですし、お庭の薔薇の美しい咲かせ方も気になっております。要様のお洋服の繕いごとなどはありませんか?」
水を得た魚のように、鎖子が喋りだす。
「……ほっほっほ。鎖子様にはかないませんな。皆にお伝えしておきます」
「ありがとうございます!」
それから鎖子は、九鬼兜家本屋敷洋館の隣にある和館へ行った。
隣の和館が台所や、使用人部屋があるのだ。
「奥様、私が料理長です」
「よろしくお願いいたします。いつもとっても美味しいお食事をありがとうございます」
「なんと、ありがたき幸せなお言葉です奥様」
まだ数回の食事だが、いつも美味しさに感動してしまう。
義両親に支配された柳善縛家では、いつも突然に『あれが食べたい』などワガママ放題。
気に入らなければ皿を投げられる。
突然に『コロッケを作れ』と言われた時は、作り方もわからず、油で大火傷を負うところだった。
そんな思い出は思い出さない! と鎖子は首を振ってエプロンをまとった。
「奥様は、どんなお料理をお作りしたいのでしょうか?」
「要様のお好きなものを、上手に作れるようになりたいんです」
「だし巻き卵ですね」
「はい! 他にもお好きなものはございますか?」
「要様は外国暮らしが長かったのもありまして、洋食もお好きです。パンも毎朝焼いております」
「まぁ、今朝のパンはとても美味しくて感動しました。あのオムレツ? と添えられたお肉も美味しかったです。あれは?」
「あれは、ベーコンという塩漬けをして燻製した肉ですね。ベーコンは要様が、留学先から持って帰ってこられたものです」
一般市民には、まだ食事にパンを食べる習慣はない。
パンと目玉焼きに、ベーコン。
そして紅茶。
部屋で一人での食事だったが、美味しさに感動した。
「紅茶もコーヒーも、外国の甘味や沢山の食べ物を自分のためではなく、使用人達のために買ってきてくださいました! 使用人にですよ!? 要様は本当に素晴らしい御方です」
「はい」
「あの女がいなくなって、本当によかった……あれはワガママばかりで料理を捨て、フォークをメイドの手に刺すなどの……」
「えっ?」
「あ! 申し訳ありません。それではまずは卵焼きの作り方をお教えしますね……」
あの女……?
料理長の苦虫を噛み潰したような顔は、義両親のワガママに振り回されていた女中達の顔そっくりだった。
柳善縛家では、自分も同じ顔をしていたかもしれない。
あの女とは一体誰のことだろうか。