鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

墓参りと鎖子の日常・2

 料理長が呟いた……不満。

 いなくなった、あの女……?
 まさか……要の恋人?

 いや、留学していた要の恋人が家に住むわけがない。
 つまりは、要の義母なのでは? と鎖子は思う。

 しかし、今は料理の指導時間だ。

「卵焼きは、まず美味しい出汁を用意します。鰹節を~……」

 手際のよい説明に、鎖子は考え事をしている暇はなくなり、話も弾むうちに沢山の料理ができあがった。

「楽しくて、つい沢山作りすぎてしまいましたね。鎖子お嬢様」

「是非、お昼ご飯を皆様と一緒に頂きたいと思うのですが、いかがでしょうか?」

「えっ皆で?」

 料理長と、手伝いをしていた梅とメイド達が驚く。
 
「はい、是非このお屋敷で働く皆様と、お話をさせて頂けたら嬉しいです」

 様子を見に来た岡崎が、沢山の料理を見て、鎖子の提案に頷いた。
 客人が来るわけでもないし、若奥様の申し出という事で、食堂に皆が集まる。

「使用人の私達がいいんですか? こんな立派な食堂で……」

「和館の食堂では、皆様全員が集まるには狭いようでしたので岡崎さんに許可をいただきました。皆様、私が料理長にご指導いただいて作ったお昼ご飯、良かったら食べてください……」

 皆のどよめきに、鎖子は段々焦りが出てくる。
 迷惑だったのではないか? と思ってしまったが……。

「鎖子お嬢様は、使用人にも分け隔てることなくお優しい方なんですよ~! ささ、せっかくなんだから椅子! 茶碗! みんな準備準備!」

「梅さん!」

 すっかり、ここの使用人達とも打ち解けた梅にそう言われて、皆も『そうね、鎖子様のお料理よ! せっかくだもの!』と準備を始めた。

 メイドだけではなく、庭師や御者も呼ばれての昼食会になった。

 鎖子は皆の軽い自己紹介で、全員の名前を覚えて控えめながらも話しかける。
 元々、女中のような仕事を続けていたので彼女達とはとても話が合うのだ。

「そうなんですよ! 油汚れには、やっぱりあれが一番!」

「鎖子様って本当に、お料理上手ですね」

「メイドを誘ってくださるなんて本当にお優しい!」

「お掃除に興味があるなんて、変わったご令嬢」
 
「うちの庭、素晴らしいですよねー!」

 皆が喜び、鎖子と代わる代わるに話す。
 しかし、あるメイドが嬉しそうに大声で言った言葉……。

「要様がお戻りになって、あの女がいなくなって本当によかった!」

 えっ……と鎖子は驚く、が表情には出さなかった。
 すると、他のメイド達も頷き語りだす。

「ほんとほんと、毎日最悪の日々だったわ」

「やめて! 思い出したくもないわ~要様がお戻りになる前に岡崎さんが、私達を庇って怪我させられた時はもう辞めようと思ったけど」

 岡崎さんが? その時は鎖子も驚きを露わにした。

「岡崎さんは要様の治癒術で怪我もすぐ治ったけど、あんな酷い怪我を負わされて知った時の要様はそれはもう冷徹武士だったわ」

「冷徹と言っても、屋敷の皆にはお優しいわ」

「ちょっとみんな、赤裸々過ぎるわ。鎖子様がびっくりするじゃない」

 そんな声が聞こえてきた……が、鎖子からあえて聞きはしない。
 ただ皆が『以前は辛かったが、今は幸せです』『今はなんの苦労もないです』と過去に何か苦労があった事を伺えた。
 やはりここでも、『あの女』……。

 昼食会のあとに洋風ガーデンで、庭師にこの庭が出来た経緯を聞いた。
 要の父が、妻に対しての愛を伝えるために薔薇を植えたのだと。

「先代は奥様をとてもとても愛しておられていてね……この薔薇は全部輸入もので……」

「そうなのですね……とても素敵ですね」

「奥様も、先代のことも要様も深く愛しておられた。この薔薇はそれを全部見ているんですよ」

 もちろんその奥様とは、要の実の母である。

 幼少の頃に、要が語った事を思い出す。
 『優しくて、誇り高い母』だったと……。

 甘い薔薇の香りを嗅いで、要と義両親の事を想った鎖子。
 だが、庭師が急に顔をしかめる。

「それなのにあの女が! ここの薔薇を全部抜いて植え替えろと言った事があったのです……その時は屋敷の皆で嘆願したんだ」

 その時にも話にでた『あの女』
 それが後妻の眞規子だと、さすがにもう確信がついた。

 でも鎖子は何も言えなかった。
 庭師は自分の感情のままに吐いた言葉に気が付いて、ハッとなる。

「し、失礼をいたしました」

「いいえ。何もお気になさらずに」

 鎖子の優しい微笑みに、庭師は頭を下げた。
 
「若奥様と、要様はよくお似合いの御夫婦ですな。幸せになってくださいね」
 
「は、はい。ありがとうございます」

 お似合いの夫婦……でもそれは、カタチだけの夫婦。
 ズキリと痛む心を隠して、部屋に飾る薔薇をもらった。
 
「鎖子様~! 綺麗な薔薇ですね」

「鎖子様、あとでさっき言ってた本をお持ちしますね」

 昼食会が済んだあとは、皆が鎖子の虜になって屋敷の空気が更に明るくなった。


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