鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
鎖子の英雄・九鬼兜要(くきつ・かなめ)
校庭に響く、鎖子を守る声。
「何をやっている!!」
まだ声変わりもしていない少年の声だが、凄い迫力だった。
その場にいた全員が、花を潰すのをやめて彼を見た。
倒れて土まみれになった鎖子も、彼を見る。
絶望だった瞳に、光が差した。
「か、要くん……!」
「お前ら、一人の女の子をよってたかっていじめて、それが皆を守る華鬼族か!?!」
黒髪で赤目の男子。
幼子でも整った顔。
声にも瞳にも、凛とした強さが伺えた。
怒鳴られた子供達は、彼を見ると、一気に弱々しく一歩下がる。
「げぇ! 九鬼兜の王子様、要くんだぁ……やばい」
「うわ……要さん……ち、違うんですよぉ」
「愛蘭が鎖子をいじめろって命令してくるから……」
愛蘭がギョッとする。
「馬鹿だまれ! 九鬼兜先輩~誤解をしないでくださ~い! 鎖子お姉ちゃんが、グズでころんだだけよ! みんな行くよ! ……九鬼兜先輩かっこいいのに、クサコの味方するなんて残念すぎ!」
愛蘭が逃げ出して、皆も付いて行った。
鎖子もホッと息を吐く。
「大丈夫か? 鎖子」
力強く、手を引いて立ち上がらせてくれる。
九鬼兜要。
華鬼族の名門、五大家の一つ、九鬼兜家の長男だ。
「要くん……ぐずっ……」
要が制服からハンカチを取り出すと、鎖子の涙を拭う。
「怪我してないか? あいつら何度言っても、お前をいじめて……一体なにがあった?」
「うん……色々酷いこと言われて……みんなが花壇を荒らそうとして……」
「そうか。最低な奴らだ。荒らされる前に間に合ってよかった。痛くないか?」
砂だらけになった制服も、綺麗にほろってくれた。
叩かれたり、土をかけたれたりしたが、鎖子にはいつもの事だった。
「お前は柳善縛家の、五大家の跡取りだというのに、あいつらは何故こんな事を毎回するんだ……」
「……どうしてだろう……」
原因は、義理の妹の柳善縛愛蘭だ。
愛蘭は、義姉妹になってからというもの鎖子に辛く当たる。
要のいうように、普通ならば、正当な柳善縛家の跡取りの鎖子は尊敬されこそすれ、いじめられる存在ではない。
しかし華のように可憐で愛らしい顔立ちで、控えめなさ性格の鎖子を愛蘭は気に入らなかった。
そして柳善縛家の名前を自分が使い、下品な男子達を子分にして、鎖子をいじめるようになったのだ。
「どうにかしないといけないのに、先生も何も言わずに。何故なんだ」
「もうだいじょうぶ。お花が無事でよかった」
鎖子は涙を拭いて、笑顔になる。
「お前は強い子だな」
「要くんが……助けてくれるから。ありがとう……」
歳の差があって、学年も違う要。
でもいつも助けに駆けつけてくれる。
両親が事故で亡くなった葬儀の時に、初めて会った。
それから入学後も何かと気にかけてくれて、優しくしてくれる。
鎖子のまわりで、唯一の優しい人。
強くてかっこいい要は、鎖子にとっての英雄だ。
助けてもらえるのは嬉しい。
でも、情けない自分を見られることに恥ずかしい気持ちもある。
「水やりを手伝おう」
「あ、ありがとう」
まだ休み時間はある。
二人で花壇に水をやりながら、話をした。
「今まではこうして助けてやれたけど……これからの鎖子が心配だ」
「え?」
「鎖子……俺は、華鬼族一の強さを得るために、外国へ行くことになったんだ」
「え? が、外国? いつ帰ってくるの?」
「大人に……なったらかな」
「大人……?」
あまりに急な別れの話。
外国だとか、大人になったら、だとか鎖子には想像のつかない話だった。
「そ、それはいつからなの……?」
「明日からだよ。急に決まった」
「あ、明日……?」
「明日に船に乗れば、学部が始まる前に色々準備できるって……突然だけど、父さんと眞規子さんがさ。色々手配してくれてたんだ」
要も、実の母を数年前に亡くしている。
それもあって、彼は鎖子を気にかけてくれているのだ。
そして要の父は一年前に、若い妻を娶った。
眞規子という女で、要は母とは呼ばなかった。
「外国って遠いの……?」
「うん……遠いな。帝国の同盟国だ。船で一ヶ月はかかるんだ。そこの寮生活も厳しいらしいけど、色々な事を学んでくるよ」
「……そんな……」
鎖子の目の前が、暗くなる。