鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

大学校入学命令・1

 
 九鬼兜家(くきつけ)の使用人全員が、鎖子をすっかり気に入ったようだった。
 一度部屋へ戻って着物に着替えた鎖子に、梅が興奮して語りかける。

「梅にはわかっておりましたよ! 鎖子お嬢様はとても魅力溢れて、みんなが好きになる女性なんですから!!」

「そんな事ないわ。ずっとずっと、クサ子は腐ってるっていじめられて一人ぼっちだったのに」

「ただの嫉妬ですよ!! 鎖子お嬢様は、誰よりも健気で可愛く……! そして武人としても、強く、文武両道! 才色兼備! 最高の貴婦人です!」

「梅さんったら、もう冗談ばっかり」

 梅の冗談だと思って、鎖子は笑った。

「冗談ではありませんよっ! みんな鎖子様が大好きになっているじゃありませんか! 要様も鎖子様が大好きに決まっております!」

「ありがとうございます。ふふ」

 嬉しそうな梅を前に、否定の言葉は言わなかった。
 合わせるように、微笑んでみた。
 
 でも……本当は鎖の儀のあとから、一切触れてはもらえない。
 優しい気遣いの裏で、きっと嫌われている……か無関心だ。

 要が花嫁として迎えてくれたのは、金剛からの罰。
 幼い頃からの知り合いで情をかけてくれている……そんなところだろうか。
 鎖の儀を終えて、このまま役にも立たず、金だけ遣わせる存在になるのは嫌だ。
 
 ここで使用人として働くことができたらいいのに……そんな事まで思ってしまう。

「鎖子様、失礼致します。封書が届きました」

「私に封書が? ありがとうございます。……大学校入学通知……命令」

 高等部を卒業した華鬼族の子ども達は、対妖魔軍・幹部候補として対妖魔軍大学校へ進学する。

 華鬼族には、男女の区別はなく、望んだものは全て対妖魔の戦闘力としてみなされる。
 なので女性にも入学通知が届くのことは普通だが、高等部卒業と共に婚姻した場合は免除されるのが一般的だ。
 
「命令と書いてあるわ……免除はされないものと書いてある」

「そんな! 鎖子お嬢様、要様に相談して絶対に免除されるべきですよ。そこには愛蘭様も金剛将暉様も進学されるんですよ。一体何が起きるか……」

「華鬼族で進学する人が足りないらしいわ。高等部の成績を考えると、帝国として進学を命令すると……でもこの屋敷からなら一ヶ月の寮生活をしたあとに、通学でも良いみたい……私、このまま屋敷でお世話になり続けるわけにはいかないと思っていて……」
 
 要は力を減退させられた今も、軍人として役目を果たしている。
 自分も大学校へ行き、士官候補生として努力するべきではないだろうか?
 鎖子はそう考える。

 そして深夜。
 寝て待っていろと言われたが、要の馬車を鎖子は出迎えた。

「鎖子」

「要様、おかえりなさいませ」
 
 要が屋敷に近づけば、気配を感じて誰よりも早く玄関で待つことができる。
 何もできない自分だが、夫の帰りを待つことくらいはしたい。

「まだ起きていたのか……寝ていろと言ったのに……」

「も、申し訳ありません……」

「謝ることはない。ただいま」

 怒られるかと思ったが、要は微笑んでくれた。
 鎖子はホッとして微笑む。

 距離は遠くても、要は優しい。
 
「だがもう真夜中だぞ。お前の体調が気がかりだ」
 
 そう言いながら、玄関扉を開けた要は使用人が並んで待っていた事に驚いた。
 
「お前たちまで?」

「おかえりなさいませ、要様」
 
「二十ニ時以降は、帰りを待たずに休むように言ってあるだろう」

「一同、鎖子様のおかげで楽しい一日が過ごせまして……つい私達も鎖子様と一緒に、要様のお帰りをお待ちしたくなってしまいましたのです」

 岡崎と一緒に、メイド達も頷く。
 
「鎖子のおかげ……? なにかしたのか?」

「いえ、今日は皆様に色々と教えてもらって、私が楽しませていただいたんです」

「皆と仲良くなったのか。それは良かったな」

 要が、微笑んでくれた。
 
「は、はい!」

 皆も嬉しそうに若い夫婦を見守っている。

「さぁ、皆もう休んでくれ。鎖子も休むといい」

「あの、要様のお手伝いをさせてください」

「一人でできるが……わかった。では頼む」

「それでは鎖子様、よろしくお願い致します。おやすみなさいませ」

 岡崎が用意していた水差しの乗った盆を、鎖子が受け取り要の部屋に行く。
 少しでも、役に立ちたい。

「何か俺に話したいことでもあるのか?」

「え? いえ、もう遅いですし……」

 大学校の相談もしたいが、今日は要ももう休みたいだろうと鎖子は思う。

「つまらない話を聞いて、不味い酒を飲んできた。少しだけ付き合ってくれないか」

 軍服から、着物に着替えた要が棚からウイスキーを取り出した。
 要からの、まさかのお誘いだった。

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