鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

大学校入学命令・2

 
 遅くに帰宅した要からの、まさかの誘い。

「えっ……」

「眠たいか?」

「いいえ! 全然ちっとも、眠たくないです!」

 鎖子は驚きとともにブンブンと首を横に振る。
 ソファに座った要が、部屋の隅で立っている鎖子を見た。

「では隣に座って、今日は何があったのか話してくれないか」

 ポンと、要が自分のいるソファの隣を叩いた。
 表情は優しい。

「えっあっ、は、はい……私、でも話があまり上手ではなくって……」

「別に面白おかしく話して、俺を楽しませろとは言ってない。鎖子の言葉でいい。……おいで」

「はい……失礼いたします」

 ソファに座って、要が近くにいると思うと心臓が高鳴ってしまう。
 それでも、ゆっくりと今日の出来事を話す。
 要はそんな鎖子を優しく見つめて、話を聞きながらウイスキーを飲む。
 鎖子はさすがにウイスキーは飲まずに、水で緊張した喉を潤した。

 そして全てを話し終え……要が頷く。
 
「そうか……では明日は一緒に夕食を食べられる時間に、帰ってこよう」

「本当ですか? う、嬉しいです」

 嬉しい要の言葉に、鎖子が微笑む。
 
 要の指先が動いて、鎖子に伸びた。
 頬に手を伸ばされ……口づけされるのではないかと、鎖子は頬が熱くなるのを感じる。
 
 しかし、一瞬の沈黙のあと手を下げて要は立ち上がった。
 鎖子を見ることなく、書斎机の方へ歩く。

「……楽しい時間だった。ありがとう。ゆっくり休んでくれ」

「……はい、おやすみなさいませ」

 口づけを期待なんてして、なんて馬鹿な女だと鎖子は恥ずかしくなった。
 それと同時に、胸が切なさで痛む。
 鎖子も立ち上がって、礼をして要の部屋を出ようとした。
 
「……あの、私に大学校への入学通知命令がきまして、なので進学しようと思っております」

「なんだって?」

 早く伝えた方が、九鬼兜家に『穀潰し』がいる要の心的な負担も減るだろう、と思って言った言葉だった。

 『わかった』の一言で終わるだろうと――。
 しかし、要は予想以上に驚いた顔をする。

「大学校へ入学? 命令とは、どういうことだ」

 部屋を出ようとした鎖子に、要は近づく。

「あの……人手も足りないようで、私の高等部での成績を考えると必ず通学するようにとの命令で……」

「……鎖子の実力が惜しいのはわかるが、嫁入りしたばかりの娘に大学校への入学命令だと……鎖子はそれでいいのか?」

「……私……私はお給金も貰えるとのことで……いいかと思っております……」

「金? 何か欲しいものでもあるのか?」

「いえ、でも生活費くらいは自分でどうにかしなければと……思いまして……」

「生活費……」

 要が呆然とした顔をする。
 
「……俺はそこまで甲斐性なしに見られているのか」

「えっ!? ち、違います! すみません、そういう意味ではありません! でも私……穀潰しで……」

 何度も柳善縛家で、言われてきた言葉だった。

「穀潰し? ここは柳善縛家ではない。何も気にするな。何をどれだけ食べようが、何を欲しがろうが、俺が鎖子を穀潰しなどと、思うことはない」

 小学部の頃、お腹が空いておにぎりを二個食べた。
 それからずっと『いやしく下品な穀潰し』と愛蘭に言われ続けてきた。

 要に柳善縛家の出来事を見透かされて、恥ずかしい。
 でも、あの日の幼い鎖子を、要が(かば)ってくれた気持ちになる。

「は、はい……ありがとうございます」

「鎖子は、そんな事を気にして大学校へ行こうと思ったのか?」

「あ、いえ……それだけでではなく、私も要様のように、帝国のお役に立ちたいと……思いまして、それでお給金も頂けるのなら嬉しいと……あの……申し訳ありません」
 
「俺のように……帝国の……か」

 何故か要は自嘲的に笑った。

「俺はもう……いや……。ではお前は、大学校に入学したいと思っているのか? 本心で」

「は、はい……要様のお役に立てることもあるかもしれないとも、思っております……」

 それも考えていた事だった。
 士官になれれば、要の部下として働くことができるかもしれない。

「……そうか。とりあえず、明日に俺から大学校へ問い合わせてみる」

「えっ。そんなお手数をかけてしまいます」
 
「俺が確認したいだけだ。……まさかとは思うが、寮でずっと暮らすつもりではないよな?」

「あの、入学一ヶ月は寮生活で、それからは此処から通わせてもらおうかと思っていたのですが」

「はぁ……家を出たいのかと思った……」

 ホッとしたように、要が小さく呟いた。
 
「えっ?」

「いや、此処から通うのは構わない。とりあえず話はわかった。詳しい話は、明日の夜にでもしよう。遅くまで付き合わせて悪かった」

「とんでもありません。……それではおやすみなさいませ」

「あぁ。おやすみ」
 
 軽く『わかった』で終わる話かと思ったのだが、要は問い合わせまでしてくれると言う。
 『生活費を稼ぐ』という事は、要の自尊心を傷つける事になるのかもしれない。
 もう少し言動に気をつけなければ……と鎖子は思う。
 だが明日の夕飯を一緒に食べる約束をしてくれたままなので、怒っているわけではなさそうだ。
 
「要様……」
 
 避妊の薬は、毎日飲むように渡された。
 手も触れない、口づけもしない、夫婦なのに……と鎖子は薬を飲んだ。
 
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