鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
嬉しさと哀しさと・1
次の日の朝。
大学校の事を問い合わせてみる、と要に言われ命令書を渡して見送った。
「やっぱり要様も、鎖子お嬢様の入学には反対なのですよね」
梅が鎖子に紅茶を淹れながら、安心したように言う。
「私の伝え方が下手で、不愉快にさせてしまったのかもしれなくて……」
「そんなそんなぁ。可愛い花嫁を大学校へ行かせたいわけないじゃないですか」
「梅さん、私と要様は……夫婦とは言っても、違うんです……そういうんじゃ……ないんです」
「えっ」
自分で言って哀しくなってしまう。
鎖の儀で抱かれて、この屋敷に住んで、数日なのに鎖子の要への想いは更に深まってしまった。
好きで好きで、大好きで愛しい。
要は優しい……でも触れ合う事もなく、当然に愛する女とは見てもらえていないと感じる。
寂しい……鎖子は部屋で一人ため息をついた。
「はぁ。こんな風に考える時間が余っているから、いけないんだわ……。さぁ、今日は要様とのお夕食を頑張って作って、その前にまた掃除を教えてもらいましょう。大学校へ行くのなら、鍛錬もした方がいいかも」
本も読みたいと思ったが、やはり労働的な事をしていた方が負い目なく屋敷にいられる気がした。
なので鎖子は、メイド服が着たいと岡崎に頼んでみた。
柳善縛家では和装でいつも働いていたが、メイド服の方が動きやすそうだと思ったのだ。
「鎖子様は、不思議なご令嬢ですな」
そう言いながらも岡崎は、すぐにメイド服を準備してくれた。
紺色のワンピース。フリルのついたエプロンに、ホワイトブリムと呼ばれるヘッドドレスも可愛い。
「ワガママばかりで、すみません」
「いえいえ、よくお似合いですよ」
「きゃー鎖子様なんて愛らしいんでしょう!」
「お素敵ですわ」
メイド達がキャッキャと群がる。
年上のメイド達ばかりだが、こんなに賑やかで楽しい時間は初めてだった。
皆でジャガイモの皮を剥いて、洗濯物を畳んで、モップで階段の掃除をする。
「このメイド服は、やっぱり動きやすいですね。それにとても可愛くて、ずっと着ていたいです」
「うふふ。すごくお似合いで、要様も驚かれるでしょうね」
「可愛いって喜ばれるかもしれませんよ。殿方はメイド好きが多いんですから。ふふふ」
「そうなのですか。まぁ」
それを聞いて、狙ったわけではないのだが、料理中こそメイド服の方が動きやすく、要の帰宅を感じ取ってそのまま玄関へと鎖子は向かった。
「要様。おかえりなさいませ」
「鎖子」
鎖子の姿を見て、要は驚いた顔をする。
そして、顔を歪ませた。
「お前は使用人になりたいのか」
「えっ? ……あ、も、申し訳ありません」
「俺の花嫁でいるよりも、使用人の方が嬉しいのか……?」
「そ、そんな……違います。申し訳ありませんっ」
謝る鎖子を見て、ハッとなる要。
「……すまない。余計な事を言った……夕飯を頼んだのは、俺だったな」
「要様……私、すぐに着替えて参ります」
「あぁ。では後ほど食堂で」
要が怒ったのではないかと、鎖子は気が気ではない。
確かに、昨日も生活費を稼ぐと言った時に不満そうであった。
九鬼兜家の当主の顔に、泥を塗る行為をしてしまったかもしれない。
「……どうしよう……これ以上嫌われてしまったら……」
不安で不安で泣きそうだ。
「鎖子様、大丈夫です。誤解だと、私からも説明いたしますよ」
梅が、泣きそうな鎖子を慰める。
食堂に急いで向かうと、既に着替えた要が座っており鎖子の作った数々の料理が並んでいた。
「要様、私あの」
「先ほどは、すまなかった。皆から事情も聞いたし、責められるような事をお前はしていない」
「はい……」
「これだけの料理をありがとう。腹が減った。いただいてもいいか」
「も、もちろんです!」
いつもは大きなテーブルに向かえ合わせで座っているが、今日は隣同士で座る。
「いただきます」
「いただきます。要様、今日は和食なので料理に合う米酒をご用意しました」
要はいつも酒を飲むわけではないが、長年屋敷に仕えている酒管理人もいる。
今回は、特別に美味しい米酒を選んでもらったのだ。
「ありがとう。鎖子も一緒に飲まないか?」
「えっ……私は儀式のお清めでしか飲んだことがなくって」
帝国では18歳で成人とみなされ、お酒を飲むことができる。
「無理には薦めないが、今日の料理によく合う。うん。卵焼きが美味いな」
「嬉しいです……では、私も少し……いただきます」
用意してもらったお猪口で、乾杯した。
水のようで、爽やかな味わいの酒だ。
先程の要の態度には不安になったが、楽しい夕食を過ごすことができてホッとする。
要は用意した全ての料理を、食べてくれた。
それからデザートに甘夏を剥いて食べ、食後は要の部屋で甘いワインを飲んでいる。
仲の良い夫婦のような時間で、鎖子は夢心地だ。