鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
嬉しさと哀しさと・2
ソファに二人で座り、ワインを飲む。
要は、鎖子のためにワインを選んでくれたのだ。
「これなら鎖子も美味しく飲めるだろう」
「はい。とっても良い香りで、甘くて美味しいです」
みずみずしい白葡萄を食べているような甘さに、鎖子は微笑む。
「今日の夕飯はとても美味かった。ありがとう。鎖子は料理上手だな」
「料理長のおかげです。あの、要様……またお作りしてもよろしいですか?」
「あぁ。無理のないように頼む」
「はい……!」
まるで夢のような会話。
なんだかすごく嬉しくて、お酒も入って鎖子の心ははしゃいでいた。
「大学校のことだが……やはり政府からの命令ということだ」
「……はい……」
「政府と言っても陸軍司令部だ。機密事項なんだが……今後、対妖魔軍は陸軍と吸収合併させる計画がある」
「どうしてですか?」
「国内の妖魔もかなり減ってきた……のが表向きの理由だ。それより戦闘力に優れた鬼華族を、戦争兵器として使いたいんだ。俺はもうずっと前からそういう先を見て、そのために学び戦ってきた……今の帝国対妖魔軍には、戦争で戦う未来が待っている」
「はい」
幼い頃に聞いた、要の話を思い出す。
「鎖子は、高等部での成績を聞けば相当な優秀さだ。だから士官候補として、たとえ女でも欲しいのだろ。でも、鎖子がそんな道に進むのには、俺は心配だ」
「……私の心配をしてくださっているのですか」
「当然だろう。大学校へ行けば、本格的に訓練が始まる。妖魔もいるし、男もいる。将暉も愛蘭もいるんだ。……今回のことも金剛の企みなのか……陸軍に掛け合って異議申し立てしようかと思う」
「えっ……そんな異議申し立てをしたら、要様のお立場が」
「どうなったって、俺は気にしない」
「でも……あの、私は妖魔にも愛蘭達にも負けずに、精一杯頑張りたいと思っています」
いくら九鬼兜家の当主とはいえ、陸運司令部に歯向かったら立場が悪くなるだろう。
力を奪われ、地位まで失うことになってしまったら……要を大切に思う鎖子には一番辛い。
自分が大学校で頑張れば、九鬼兜家の評価も上がるかもしれない。
「鎖子はそうしたいのか?」
「はい……!」
「……ならば、できる限り支えていこう」
「頑張ります! 私は要様の……あの、あの」
「俺の……?」
「……く、九鬼兜家の者として恥ずかしくないように、頑張ります」
要の妻として……。
酒に酔ってしまったのか、大胆な事を言ってしまいそうになる。
「お前は、どこに出たって恥ずかしくなどない」
「要様……」
「お前は、優秀だ……それに、とても可愛い」
「えっ……そんな」
「……本当だ」
熱っぽい瞳で見つめられ、鎖子も自分の目が潤むのを感じた。
手が触れ合い……絡みそうになったが……要がまたふと、ソファから立ち上がる。
甘い空気が一瞬で消える。
「今日は少し飲みすぎたかもしれない。茶を持ってこさせるか」
やはり拒絶されていると感じた。
甘くなりかけた空気が、いつも冷たくなってしまう。
「……わ、私がご用意致します」
鎖子も立ち上がって、部屋を出た。
心が痛む。
ティーセットのワゴンを持って、要の部屋にまた入ってきた。
鎖子は、下を向きながらお茶を淹れる。
「鎖子、ありがとう」
「はい、素敵な外国のお茶でございますね。良い香りです」
紅茶の良い香りがする。
でも鎖子は必死に涙を耐えようと、した。
夫婦として受け入れてくれているわけではない。
何度も何度も、繰り返して、わかっているのに……哀しくて涙が溢れる。
傍にいて嬉しくて、胸がときめく。
でも、大好きな人に、何度も拒絶される哀しみが。
気遣われても、優しくても、嫌われている哀しみが。
傍にいられる事が幸せなのに、傍にいるからこそ、辛い。
「泣いているのか?」
「あっ……」
言われて、顔を上げるとボロっと大きな涙の雫が落ちてしまった。
「いえ、なんでもございません」
自分でも驚き、恥ずかしくなる。
お酒のせいで感情的になっている?
慌てて、涙を振り払い紅茶をティーカップに注いだ。
しかしそれを運ぼうとする間もなく、要が鎖子の眼の前に来た。
「鎖子? 何故、泣くんだ」
「ち、違います。目にゴミが……申し訳ありません」
屋敷では泣くと更に怒られる。
今までの経験で、鎖子は震えるようにして、涙を隠す。
「怒っているわけではない。謝ることも、隠すこともない……そんなにも……辛いのか」
鎖子は、手を胸に当てた。
「私……」
「……俺のせいか?」
「わ、私のせいです。この結婚は、要様にとっては罰。私など望まれていないのですから、形だけの夫婦で当たり前です。触れたくないのもわかっております。私なんて……ただの罰ですから」
「なんだって」
いつも抑えていた感情が、口から溢れでてしまった。
それと同時に涙がまた溢れる。
「す、すみません。失礼な事を言ってしまい申し訳ありません。私、部屋に戻ります」
「鎖子」
なんという卑屈さ、と自分に嫌悪してしまう。鎖子は涙を拭って要の部屋から出て行こうとした。
「罰とはなんだ。俺にとっては、罰などではないぞ」
その手を要が握る。