鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

誤解同士・1

 
 泣いて部屋から出ようとした鎖子の腕を、要が掴む。

「罰だって? 何を言っているんだ」

「も、申し訳ありません」

「怒っていない……俺にとっての罰とは、どういう意味なんだ」

 要は決して声を荒げず、鎖子の腕を掴む手も引き止めるためで、強い力ではない。

「そのままの意味です。か、要様にとって、この結婚は罰ですから……私なんて」
 
「お前は、俺の大切な花嫁だ」

「でも……」

「俺にとっては罰ではない。……鎖子の方こそ俺を軽蔑しているだろう?」

 いつもは無表情な要が、辛そうな顔をする。
 
「私が要様を……軽蔑?」
 
「なんの罪もない、お前を巻き込み、俺の花嫁にした。鎖の儀がいくら柳善縛家の使命だとしても……女として、許せることではないだろう」

「……そんな……私は……」

 確かに、要以外の男の元へ嫁ぐ事になっていたら……どれだけ辛い思いをしたことになっただろうか。
 でも要の花嫁になり、鎖の儀で抱かれ……感じていたのは幸福だった。
  
「だから鎖子は、俺を憎んでいるはずだ」

「いいえ! 憎んでなんかおりません! 要様の方が……私のことなんか、お嫌で憎んでいるのでは……と思います」

 鎖子の瞳から、また涙が溢れてしまう。
 
「何故そんなことを思うんだ」

「私が要様の力を……」

「だから、それは鎖子の罪ではない。使命だ」

「……でも、でも、避けられているって、私になど触れたくもないんだと……思ってしまって……」

「俺は……お前に触れて、これ以上嫌われるのが怖かっただけだ」

「えっ……これ以上……嫌う? そんな」

 まさかの言葉に、鎖子はよろけたが要が抱きとめた。
 触れたくないなど、思うわけがないと言うように。

「俺は罪を犯して鎖の儀で罰せられた。でもお前を花嫁にしたいと望んだのは俺だ。罰だの命令でもない。お前にとって非道なことを強制することになっても……それでもお前が欲しかった。他の誰にも渡さない」

 要の口から語られる言葉は、予想外のものばかりだ。

「未練たらしい男で、軽蔑するだろ?」

「……未練……たらしい……? 要様が? どうして……」

 要は、自嘲気味に笑った。

「二年前に送った求婚の手紙に返事はなかったから……鎖子は俺との婚姻は望んでいない。返事がなかったのは、そういう事だろう」

「求婚の手紙……二年前に?」

 二年前といえば、要の父の葬儀の時だ。
 
「鎖子に送った手紙を読んだだろう? 父の葬儀の時に、酷い態度をとってしまった詫びと、帰国した際に俺と結婚してほしいと書いた……でも返事はこなかった……まぁ当然だとも思う」

「……そ……そんな手紙は……私のもとに届いておりません……」

「……届いていない?」

「はい……」
 
 要が自分に求婚の手紙を?
 あの時に、嫌われたと思っていたのは誤解だった……?
 二人の間を、困惑した空気が流れる。

「俺はずっと求婚を断られたと、思っていたんだ……」

「そんな……! わ、私は要様の手紙を読んでいません。届いた事も知らなかったのです。し、信じてください」

「そうではないかと思った時もあった。……でも届いていないのかと思って、二度も求婚の手紙を送るわけにもいかないだろう? お前を傷つけた過ちのせいだと思っていた……」

 要の初めて見る表情、困惑して傷ついた男の顔だ。

 二人の手はいつの間にか、強く握り合っていた。

 ニ年前の手紙……。
 
 配達事故なのか、いや愛蘭か女中達に見つかって捨てられたのか……。
 普段は葉書だったのが、封書が届いて叔母達が、怪しみ奪ったのかもしれない。

 要が二年前、自分に求婚していた。
 信じられない思いで、鎖子は要を見る。

 要にとって鎖子は、己の求婚を断った女だったのだ。
 それでも、あの夜鎖子を救いに来てくれた。

「では葬儀の時の謝罪も……伝わってはいなかったんだな」

「はい……でも謝罪なんて……」

「二年前の葬儀で、俺は半狂乱になりそうだった。父の死の原因が義母にあるのではないかと、あの女と金剛が通じているのではないかと疑惑が深まったからだ」

「えっ……」
 
「……そんな時、お前が傍に来てくれて、なんとか正気でいられた。でも突き放すような事を言ってしまった。悪かった。金目当ての奴らも大勢集まってきていて……あんな穢れた場所にいてほしくなかったんだ」

 あの時の要の殺気は、鎖子に向けられたものではなかった。
 葬儀に集まった穢らわしい鬼達に向けた、絶望と怒りの炎だったのだ。

「私がそんな状況だと知らずに……お声をかけてしまったから……」

「鎖子は悪くない。暴れだしそうだったのをなんとか抑えるのに必死で……情けない俺も見られたくなかった。でも鎖子を見て、なんとか正気を保てたんだ。俺は……」

「情けないなんて思いません。そんな……そんな想いを一人で抱えていらっしゃったなんて……」

 鎖子は自分を抱きとめてくれている男の胸に、顔を寄せた。
 もっと、もっと察してあげられていたなら……と。

「手紙なんかじゃなく、直接会いに行けばよかったんだな。でも同盟国へ戻った途端に狂ったように任務が舞い込んで帰国もできず……あれも金剛の企みだったのかもしれない」

 寄り添いながら、二人はまた手を握り合う。
 お互いを想いすぎて出来た心の氷が、溶けていく。

「……もう、逃げないよな? 座って話さないか」

「はい……あの、私は手紙が届いていたら……」

 自分の想いをすぐにでも伝えたい。
 要からの求婚を断る事など、あり得ない。
 
「鎖子。返事は統率院で、何があったかを聞いてからにしてくれないか」

 繋いだ手を離さぬままに、二人でソファに座る。

「要様。統率院で……何があったのですか?」

「……金剛が俺を失脚させたい事はわかっていた。それでお前を花嫁にできるのならば、乗ってやろうと……目の前で、あの女を斬り殺してやったんだ」

 斬り殺した。
 あまりの言葉に驚くが、鎖子は要から離れようとはしなかった。

「……眞規子さん……ですか?」

「そうだ、眞規子だ。父と再婚して俺を計画的に留学させた。九鬼兜の財産を食いつぶし……屋敷の者達に酷いふるまいをして……二年前……眞規子は父を殺した。あの女は金剛の愛人なのだと葬儀の時、勘づいた……」

「えっ……そんな」

 壮絶な話に、絶句してしまう。
 屋敷の皆の話を聞いて、酷い女性だったという事は察していたが、まさかそこまでとは……。

「留学先で、岡崎とやり取りをしながら二年証拠集めをした。帰国後に統率院で金剛とあの女に問いただした。でも逆にあの女を餌にして、金剛が俺を煽りだしたんだ。この女は確かに自分の愛人で、父を殺した犯人だと……」

「なんて事……」

「あいつは、腐った鬼だ。でもあの男は俺が留学している間に、政府にも軍部にも腐りきった手を伸ばしていた……俺が金剛達を、父を殺害した犯人だと訴えたところで無駄だとな。帝国はもう……私利私欲の奴らに支配され……麗しい太陽の国ではなくなっていた……」

 悲痛な要の言葉。
 幼い頃から、帝国のために努力し続けてきたのに……鎖子の心が痛む。
 
「……刀を振るえば謀反と見なし、柳善縛鎖子に断罪を執行させると金剛が煽り笑った……俺の失脚狙いは明らかだったが、俺はそれを利用しようと思った。女を斬り殺し、俺を罰すればいいと言ったんだ」

「どうして……ですか……?」

「鎖子を俺の花嫁にしたかったからだ」

 要は、紅い瞳で鎖子を見つめた。


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