鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

要不在

 
 突然、叔父からの電話。

 一体なんだろうと、鎖子は嫌な気分になりながら電話のある部屋へ急ぐ。
 岡崎から使い方を教えてもらい、受話器を耳に当てた。

『鎖子~~どうだ~? 新婚生活は?』

 声を聴いただけで、あのニヤニヤ顔を思い出し寒気がする。

「は、はい。しっかり九鬼兜家で、妻として務めさせていただいております」

 自信があるわけではないが、そんな本音を叔父に言うつもりはない。
 ただ早く、電話を切りたいだけだ。

『そうかそうか。あれから何回、抱かれた?』

「えっ……一体……なにを聞かれるのですか」

 聞き間違いかと思って、鎖子は聞き返す。

『うん。性行為の数だよ。あれからもきちんと、九鬼兜に抱かれているか?』

 一気に鳥肌が立つ。 
 
「や、やめてください……! そんなこと、お答えできません……!」

『ふむ……していないわけではなさそうだ。ではこれだけ答えるんだ。行為のあと、九鬼兜要の鬼妖力は減退していないか?』

「……し、しておりません」

 それは鎖子も気になった事だったが、一度で術は完了し、その後に愛し合ったとしても要の鬼妖力は減退していなかった。
 叔父が聞きたいことは、要への罰……?
 金剛からの命令なのだろうか。
 それならば、答えてしまった方がいいだろうと思ったのだ。

 こんなに、何度も確認してくることになるなんて……。

『そうか。何か変化があれば、すぐに連絡するんだ。わかったな?』

「は、はい。変化があれば連絡いたします。それでよろしいですね」

 早く電話を切りたかった。

『しっかりと避妊をし、お前の身体で九鬼兜要をつかまえておくんだぞ。あっはっは……たまには顔を……』

「失礼いたします……!」
 
 まだ何か言っていたかもしれないが、鎖子は電話を切る。

「鎖子お嬢様、お顔が真っ青です」

「梅さん……叔父が、気持ち悪くて……」

 心配そうな梅の手を、つい握ってしまった。
 梅はがっちりと、鎖子を抱きしめる。

「あの男は、どこの馬の骨かもわからないチンピラなんですよっ! それがデカい顔をして……! 大丈夫ですよ。鎖子お嬢様。私どもも要様も必ず鎖子お嬢様を御守りいたしますからね」

「えぇ……梅さん、ありがとう。要様に早く会いたい……」  

 叔父の質問の意味は一体なんだったのか、要に話を聞いてもらいたい。

 しかし、その日も次の日も要は帰宅しなかった。

 軍人である以上、何かの作戦に突然参加しなければいけない場合もある。
 妻や家族に何も告げずに、何日も帰らないことは当然にあった。
 
「心配で不安です……。要様は金剛の嫌がらせを受けております。私は要様の、つ、妻ですから、無事を問い合わせる権利はありますよね。軍部へ行きたいのです、岡崎さん……!」

「私もそう思います。すぐに出発の準備をいたします」

 岡崎が、そう言って部屋を出ていこうとしたが『軍からの伝達者が参りました!』と慌ててメイドがやってきた。

 要の身に何かあったのか? と緊張が走る。
 すぐに伝達者を応接間に通したが、まずは何より要が無事かの確認だ。

「夫は、九鬼兜要は無事ですか?」

「ご無事です。私は九鬼兜少佐の直属の部下です。作戦名や居場所などは明かせませんが、ある作戦に参加中です。少佐より、奥方様へ手紙を預かって参りました」

 要より年上であろう中年軍人は、少し緊張しながらも笑顔で鎖子に手紙を渡した。
 
「ありがとうございます」
 
 手紙を読むと、いつ帰宅できるかわからない事への謝罪と、仕立てた軍服の他に、自分の刀を持って行くようにと書かれていた。

 自分の状況が書けない状況だということはわかるが、来週から大学校へ通う鎖子への心配と労りの言葉だけが簡潔に綴られている。
 要の無事に安堵し、要の優しさが心に染みて鎖子の瞳から涙が溢れる。
 
「……私からのお返事は主人に届けて頂けますか?」

「申し訳ありません。私は作戦から離脱したため、手紙を届ける事が特別に許可されたのです。私も少佐にお会いできるのは、彼が戻ってからになりますので……」

「そうですか……そうですよね。無理を言ってすみません」

 鎖子も軍人としての規律は、それなりに勉強してきた。
 なので理解はしていたのだが、確認だけでもという気持ちになってしまった。

「いつも冷徹で無表情な少佐が、少し焦りのような表情を浮かべながら、この手紙を私に託されましたが理由がわかりました」

「え?」

「新婚の可憐な奥方様には、無理をしてでも、自分の無事を急ぎ伝えたいに決まっていますよね」

「えっ……」

「あ、余計な事をすみません。少佐には秘密で……」

「は、はい……」

 要が、そんな態度を……。

「あの、主人は任務ではお怪我などなさっておりませんか?」

「お変わりありませんよ。冷徹で最強の少佐のままです」

 そうは言っても、要の鬼妖力は確かに減退している。

「少佐は『突然に強くなったわけではない。過去の等級で戦っていた時の事を思い出して、工夫して戦えばいいだけだ。そしてまた強くなればいい』と、言っておりました」

「要様が……」

 部下にも恥じることなく、自分の状況をしっかり伝えている。
 誰よりも強くなることを誓って、幼少時代も青春時代も犠牲にして手に入れた力を一方的に奪われた今も……要の心も強さは何も変わっていない――。

「ありがとうございました」

 隊員を見送って、更に要への想いが募る。

 それでも軍人の妻は、待っているしかない……。
 しかし鎖子も大学校への入学が迫っている。

「私もしっかり入学準備をして、要様にご心配をおかけしないようにしなければいけないわ……」
 
「鎖子様、それでは九鬼兜家の宝物庫へご案内致します」

 岡崎が、静かに鎖子に一礼して言った。
 
< 38 / 78 >

この作品をシェア

pagetop