鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
大学校入学式
岡崎に案内された場所は、広大な九鬼兜家・敷地内にある蔵だった。
歴史ある蔵には、呪術具による、永続的結界が張ってあるのがわかった。
「すごいですね……」
「結界も、さすが『力の九鬼兜』でございます」
岡崎だけが此処の管理をすることができ、蔵の掃除や武器の手入れをしているらしい。
刀が管理されているのは、蔵の中でも更に厳重な結界が張ってある三階だった。
鎖子は静かに、岡崎のあとをついていく。
「私なんかが……要様の刀を譲り受けるだなんて、よろしいのでしょうか……?」
「鎖子様は、 九鬼兜家がお迎えした正式な花嫁でありますから……資格など十分すぎるほどにございます。武芸の腕前も高等部出身の女性陣のなかでは、最上級だと伺っておりますよ」
「いえ……高等部では女性も少なかったですし、皆さん戦闘訓練は避けたい方が多かったので……」
鬼華族の娘は、政略結婚の道具にされる事も多い。
なので、身体に傷がつく可能性のある訓練をしない娘もそれなりにいた。
しかし、そうだとしても確かに鎖子の実力は最上級だったのだ。
蔵の三階は、無音で薄暗く、うっすらと品々を守るための香の香りがした。
「こちらの刀でございます」
岡崎が刀にかけられた封印を解き、鎖子に渡す。
「すごい……要様のお力を感じます……綺麗だわ……」
「要様は今は九鬼兜家当主に受け継がれる名刀『九鬼夜月』をお持ちですが、こちらは留学の際にお持ちになった愛用の名刀『千祈』でございます」
千の祈りを宿したような……淡く繊細に光る刀。
幼少の頃より、要が手入れを怠らなかったことがわかる。
「留学時代を一緒に過ごした刀……そんな、自分の半身ともいえる刀ではありませんか。要様は、違う刀のことを仰っているのでは?」
「ほっほっほ。しっかりと刀の名前も書いておりますよ」
鎖子がもう一度手紙を読めば、確かに刀の名前は同じだ。
「ご帰宅されぬまま、鎖子様を大学校へお送りすることが心配でたまらないのでしょう。どうか要様からの御守りとしてお持ちください」
「……はい。千祈様……どうか、私と一緒に戦ってくださいませね……」
ずっしりと重い、要の刀。
それよりも重い、彼の使命。
家では、押し付けられた家事に追われて、寝る時間を割いて夜中に勉強するだけで精一杯だった。
これから九鬼兜家の、要の妻として、みっともない姿を見せるわけにはいかない。
「岡崎さん。お庭で鍛錬をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんでございます」
それから大学校が始まるまで毎日、鎖子は鍛錬を行い、仕立てられた軍服も揃った。
そして要が不在のまま、入学式の朝になる。
屋敷の使用人が全員集まって、鎖子を見送るために出てきた。
「鎖子お嬢様~! なんて美しく凛々しいのでしょう!」
「あ、ありがとうございます」
スカートの軍服にマント、髪は一つに結んで要からのプレゼントのリボンをつけた。
もちろん要の愛刀『千祈』も帯刀している。
「私が不在の間に、要様がご帰宅されるといいのですが……」
「そうですね。お二人がいない屋敷は寂しゅうございます。またすぐに仲睦まじいお二人の姿を見ることができますように、屋敷の者一同お帰りをお待ちしております」
「はい」
つい、無意識にお腹を撫でてしまう。
要を縛っている鎖の紋章。
彼にとっては呪の縛り……でも彼との繋がり……。
早く逢いたい……。
しかし、これから大学校での生活が始まるのだ。
鎖子は九鬼兜家の嫁としての気を引き締める。
桜はもう既に散り、若葉が揺れていた。
名誉ある大学校の入学式。
一般市民も、地方から来た華鬼族がいるものの、主要メンバーは幼等部からの因縁のメンバーだ。
愛蘭は、最高級の生地で作った軍服に、マント。
婚約者の将暉から贈られた刀を携え、派手な化粧と髪飾りを付けて満足げにニヤニヤしている。
入学前の休暇で、将暉と旅行をしてさんざん飲み食いし、またふくよかになっていた。
二人は五大家出身者として、前の特別な席に座っている。
「今日も美しいよ愛蘭。俺の姫はご機嫌だね」
「うふふ。将暉~ねぇ聞いた? クサ子も入学するってよ」
「あ、あぁ。勿論知ってる」
「あいつが将暉を嵌めた事、絶対に許さない……!!」
「で、でもまぁ。仲良くしておいた方がいいんじゃないか?」
「ふふふ……もちろん! 仲良~~く……するわよ」
入学式の会場が、ザワついた。
軍人としての教育を受けている若者達がザワつくのはよっぽどの事だ。
「クサ子登場でのザワメキじゃない? どうせ、旦那に蔑まれてボロッボロの軍服でも着てきたんでしょ!? キャハ!」
愛蘭が顔を歪めて笑うが、将暉の耳には違う声が聞こえてくる。
「あれが、百年ぶりに刑を執行された……柳善縛当主・鎖子様か……それにしても……」
「今は、九鬼兜家に嫁入りなされたんだぞ……それにしても……」
「なにやら悪い噂のあった柳善縛家の長女……? それにしても……」
『なんと美しい』
皆が羨望の眼差しで見つめるなか、凛とした表情で鎖子は椅子に着席した。
その美しい姿に、将暉も釘付けになった。
いや、知っていたのだ。
誰よりも美しいと、幼い頃から知っていた。
「鎖子ぉ……」
将暉の目が、女神を見るように潤む。
「あんのぉ! クサ子ぉ……!!!」
その中で一人、愛蘭が憎しみで顔を歪ませた。