鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

淡くて甘い、子ども同士の約束

 
 突然に告げられた別れ。

 船で一ヶ月。
 どれだけ遠いのか、同盟国はどんな場所なのか、やはり想像もできない。
 ただ、もう要と学校では会えない……それだけはわかる。

 鎖子の瞳に、涙が浮かんでいく。

「鎖子……泣かないでくれ」

「ご、ごめんなさい……」

「謝らなくていい……俺だって寂しいよ。でも九鬼兜(くきつ)家の当主として、この帝国の未来を守るために……行くって決めたんだ」

「帝国の未来……?」

「あぁ。これからは帝国内で妖魔を狩るためだけの華鬼族ではなくなる。戦争が起きた時に、華鬼族はそれだけで戦力になるんだ。軍事力として、戦う存在になる」

「ぐんじりょく……」

 華鬼族の子ども達が、今後『対妖魔軍』の士官候補として訓練を受けることになるのは鎖子も知っている。
 だが、世界情勢などは鎖子にはよくわからない。

「あぁ九鬼兜家の強さは五大家でも一番の名門だからな。帝国一強い男になって帰ってくるよ」

「……う、うん……」

「わかんないよな。ごめん」

 鎖子の涙をハンカチで拭って、要は頭を優しく撫でてくれた。

「……私、一人ぼっちになっちゃう……」

「……鎖子、遠くても……一人じゃないよ」
 
 要にそんなワガママを言っても仕方ないのはわかってるのに、つい弱音が出てしまった。
 
「でもさっき、私と一緒にいたら腐るから……ずっと一人ぼっちって言われたの……」

「またそんな事を言ってるやつがいるのか。ただの妬みだ。お前の家は、俺と同じ名門なのだから気にするな」

「……でも、ほんとにずっと一人ぼっちかも」

「じゃあ、その時は俺が、もらってやる!」

 要の言葉に目を丸くする鎖子。

 しばらく、しばらく、考える。
 
 要は何も言わない。

「……それって……お嫁さん……ってこと?」

「えっ」

 鎖子の言葉に、頬が少し赤くなる要。

「ご、ごめんなさい……違うよね……」

「いや、違いはしない」

「違わないの?」

「そうだ。違わない。お前は俺の花嫁になるんだ」

 お互いに、じっと見つめた。
 子どもでも、その気持ちはお互いに通じていた。

「二十歳くらいには、帰ってこれると思う……だからその時にだ」

「でも……二十歳って……まだまだ先……」

 鎖子にとっては、想像もできない先の話だった。
 一年先もわからないのに……目が眩むほどの先の話だ。

「まだまだ先に思えるけど、世界がどんどん変わっていくのにはあっという間な時間だ。これから世界各国で戦争が始まる。そうなる前に、強くならないといけないからな」

 話す要はキラキラと輝いていた。

 要の話は難しくて、鎖子にはよくわからなかった。
 そんな鎖子を見て、要は優しく微笑む。

「誰に何を言われても、鎖子の家も立派な名門だ。帝国のために、みんなのためにお互い頑張ろうな」

「……私の力は、みんなに嫌がられる力だよ……」
 
「ちゃんとしたお役目だ。自分の血筋を否定するなよ」

「みんなを腐らせる力なのに……?」

「だからそれは、違う。謀反をした悪い華鬼族を縛って、力を減退し罰する執行官だ。それでみんなが安心するんだ。ちゃんとした役目だよ」

 要の目は、強く、真実だと言っている。

「……うん。そう思うようにする」

「そうさ、お前はすごい家の跡取りなんだよ」

「うん!」

 鎖子の頷きを見て、要は微笑む。

「じゃあ、俺も寂しいけど……頑張るからな」

 昼休みがもう終わってしまう。
 胸が張り裂けそうに痛んだ。

「要くん……うん。私も頑張るから……あの、あの要くん」

「ん?」

「お手紙……書いていい?」

「あぁ手紙! じゃあまずは俺から出す。待っててくれな」

「うん……! 要くん、あの……えっと……あの……大好き……」

 恥ずかしい言葉だけど、勇気を振り絞って言った。

「っ! ……あぁ。えっと、嬉しいが、男はそういう事はあんまり言わないんだ。俺は軍人だしな」

 真っ赤になって告白をした鎖子を見て、要の頬も淡く染まって恥ずかしそうに横を向く。

「そうなの? ……でも私も……要くんにしか……言わない……」

「まぁ俺も……同じだ。いや、男だからこそ、きちんと伝えていくべきだな」

 観念したように、要も鎖子をまっすぐに見た。
 紅い瞳に見つめられて、鎖子の心臓がドキリとする。

「俺は、お前が大好きだ」

「要くん……嬉しい……」

 鎖子の心臓が熱くなる。

「恥ずかしいな……はは」

 二人で照れて笑い合う。
 すごくすごく、幸せな時間だった。
 どれだけ久しぶりの幸福な気持ちだろう。

「うふふ……ふふ……うっ……うぇ」

「鎖子……」

 またポロポロと泣き出した鎖子に、要は自分のハンカチを持たせた。
 もう返すことはできないのに、そのまま持たされた。
 そう思うと、また涙が溢れて……要の姿が滲む。

「強くなって、戻ってくる。だからお前も頑張れ。誇り高く生きろ! な……俺の未来の花嫁」

「うん、誇り高く頑張る!」

 それが鎖子六歳。要八歳。
 要が旅立って、数ヶ月に届いた手紙。
 質素な私室で鎖子は飛び上がって、封を開けた。

「要くんからのお手紙……! えっと……なんて書いてるかな」

『ディア鎖子 ディアというのは大事な人へと言う意味です。此処での暮らしは新しいことばかりです。』
 
 つたない文字で手紙のやりとりをしていたが、鎖子がしっかりと文章を書けるようになると義両親である叔母夫婦は手紙を禁じた。

 九鬼兜家の長男に失礼があってはいけないという理由だったが、ワガママ放題の娘を溺愛する義両親も、愛蘭と同じように鎖子をいじめて楽しんでいるのだ。
 
 その後は、絵葉書に一言だけが許された。
 数も制限されてしまい、年に二回だけ。
 それでも、幼い鎖子にとって居場所のない家と学校の生活のなかで、一番の光だった。

 家では義両親と愛蘭に嫌がらせを受けながらも、座学も、戦闘訓練も必死に努力し続けた。
 食べ物も満足に与えられないため、栄養が足りなく細腕だったが、それでも一心不乱に努力した。

「要くんも、同じ空の下で努力を続けている……誇り高く私も頑張るね」
 
 それがこの地獄を、忘れられる方法だったからかもしれない。
 
 鎖子が十三歳になった時、小等部の卒業パーティ時期に、要が一時帰国し出席するという話を耳にした。

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