鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~
入学式後の洗礼
罪を犯した九鬼兜要への罰を、執行した柳善縛鎖子。
鎖子にはなんの罪もなく、勤めを果たし称賛されるべきではある……が。
異例中の異例、断罪相手の九鬼兜家へ嫁入りしたという状況だ。
一体五大家で、何が起きているのか……?
この謎の花嫁、九鬼兜鎖子の席は隠されるように一番後ろの隅だった。
「はぁ……後ろのすみっこでよかったわ……」
端っこが落ち着く……と鎖子は思う。
元々、目立つことは苦手だ。
高等部とは違い一般市民からの入学者や、地方から来た華鬼族も多数いる。
この大勢がいる場で、会場に着いてから皆に注目して見られ、また内心ソワソワしてしまった。
しかし表情を崩すことなく、要の刀に触れながら凜としたまま座り続けている。
鎖子は嘲笑されていると思い込んでいるが、皆が後ろに座った美しい彼女を見たいと望んでいるのだった。
入学生は鬼華族出身が三割、一般市民が七割。
その中で、男性が七割、女性が三割の比率だ。
日々、厳しい学術と体術に耐えてきた男子達は特に鎖子の美しさに魅入られたようだ。
「美しい……もう人妻なのか……」
しかし、そんな頬の緩みを叱咤激励する大学校校長の挨拶が響く。
華鬼族もいる対妖魔軍は、陸軍より厳しさは多少マシではあるが軍隊であるので当然に厳しい。
来賓には、金剛勝時の姿が見えた。
入学生代表の挨拶も、息子の将暉だ。
これからの対妖魔軍を支配していくのは誰なのか――誰の目にも明らかだった。
入学式は、なにごともなく終わった。
このあとは、寮生活の説明なので男女に分かれての寮内で指導を受けることになる。
華鬼族でも希望者は、継続して寮生活ができるという。
金剛将暉と愛蘭は、寮生活を続けると耳に入ってきた。
「あ~~ん将暉~~寂しい~~でも、私達は五大家。超上流華鬼族だもの。能無しの一般人共の指導者として今後活躍していくために仕方のないことなのよね~~」
「そうだよ愛蘭、俺はこの帝国を背負うべき鬼人だからね。辛い寮生活にも耐えなければならない」
「ああ~五大家に生まれた使命って、辛いわよねぇええ」
無試験で進級した愛蘭と将暉より、厳しい試験を通過した一般市民の方が遥かに優れているのだが……。
新入生達は将暉と愛蘭の会話は聞こえず、上流華鬼族の二人に憧れの眼差しを向けている。
鎖子は、そんな二人の事などどうでもよかった。
女子寮までの通路を一人歩く。
「要様……入学式は無事に終わりました。要様は今頃どこにおられますか……お怪我はなさっておりませんか……」
こんな時間でも要の無事を祈ってしまう。
自分が要を縛り、力を奪ったことで要の身に危険が及ぶようなことがあれば……身が切り裂かれる思いだ。
本来は愛し合う相手に施す術であるわけがない。
執行官が罪人と、術後に共有感覚で結ばれることなどないはずだが、また無意識に呪術紋を撫でてしまう。
要と同じ呪術紋。
もっともっと、気持ちが伝わればいいのに……。
「ねぇねぇ! そこのあなた~!」
「えっ? はい……」
呼ばれて後ろを見ると、首までの長さの短い茶髪の女子だった。
最近は断髪という短い髪をする女性も増えてきているが、少し驚いてしまう。
「私ね、西の下級華鬼族出身なんだ。だから入学生に知り合いが誰もいないんだぁ。……あなたも地方からかなーって思って!」
一人ぼっちで歩いているので、知り合いも誰もいないと思われたらしい。
「あ、いいえ。私はここの付属の……幼等部からの進級組なのですが……」
「えー! そうなの!? なんか美人で注目されてるから新参なのかと……幼等部からって……じゃあ名門の人……し、失礼しましたぁ! ごめんなさい!」
「いえ! 何もお気になさらずに……! 私も一人……で……」
鎖子は何もわからず困っているのであれば手助けがしたいと思ったのだが、自分に近寄り愛蘭一派から嫌がらせをされては、迷惑をかけてしまうと思った。
迷っているうちに、彼女はどこかへ行ってしまった……。
「クサ子~~!!」
後ろから鎖子のひとつ結びの髪を引っ張ろうとする気配を感じて、振り返る。
鎖子の結んだ長い髪の先が、愛蘭の低い鼻を弾いた。
「イデ!」
「愛蘭……こんにちは」
いつも将暉と男子の取り巻きを侍らせている愛蘭だが、もちろん女子の子分も沢山いる。
鎖子の行く先を五人で遮る。
しかし、今まで威勢よく愛蘭の周りでニヤニヤしていた子分達も、今日は気まずそうな顔だ。
「クサ子! 私が寮長で新入学生女子部の隊長になったって聞いてたわよね!?」
「えぇ。聞いたわ」
鎖子はまっすぐ愛蘭を見つめる。
今まで栄養不足で青白く、唇も乾いて、愛蘭が殴って腫れたり血が滲んでいた目元や頬。
それが今は見違えるように、肌は陶器のようで、唇は艶めき、美しく凜とした姿に愛蘭も一瞬、狼狽えた。
「あんたも寮住まいなわけでしょ? せいぜい大人しく、私に従いなさい」
「寮長とは、皆を従わせる役割ではないと思うわ……それに私は一ヶ月後には、九鬼兜のお屋敷に戻りますので」
「はぁ!? なんでよ!!」
「夫から、そうするように言われておりますから」
怯えることもなく、鎖子はきっぱりと言い放つ。
「お、夫~? ふん! あんな堕落した男の言いなり奴隷か!」
愛蘭が要の悪口を言おうとしたのだとわかるが、周りの女子がさすがに諌める。
「愛蘭様……この場であの方の中傷はまずいですよ。少佐なんですよ!」
「あんな顔がいいだけの男、もうただの罪人じゃない!」
「それでも、上官への誹謗中傷なんて……処罰対象になります!」
一般市民出身の女子達が、立ち止まっている鎖子と愛蘭達をジロジロと見て通過していく。
「申し訳ないけれど、用事がないのなら行かせてもらいますね。それでは」
サラリ……とひとつ結びと上品なリボンをなびかせて鎖子は、愛蘭達の間を通り抜ける。
「わぁ……なんか、すごくいい香り」
子分の一人が、小さく呟いた。
うっとりとした一人の頬を愛蘭が打つ。
「クサ子がいい香りなわけないでしょぉ!! ふざけんな!」
「ご、ごめんなさい愛蘭様!」
「あ、愛蘭様、時間に遅れたら大変ですから。行きましょう!」
「ふん! 行くわよ! あいつ……調子にノリやがって……!」
此処はもう学校ではない。
しかし愛蘭は、怒りに燃える瞳のあと、またニヤリと微笑んだ。
「ここでも地獄を見せてやる……!」